PHASE-301【修練場に恐怖が振りまかれる】

「さて――――」

 俺が新たな異世界に夢を馳せている近くで、酷薄に染まった声が一言聞こえた。

 声の主は鬼神様だ。

 俺はまだ生きているようなので、狭い視界で眼前の状況を窺う。

 

 捕捉したのは風に靡くマントに、下から覗かせる燕尾。

 こんな状況なのに、下からのアングルに俺の鼓動は大きくなる。

 大きくなるということは、俺はまだ死ぬほどの状態ではないようだ。

 

 ストッキングに包まれた長い足を見ている俺。

 段々と俺から離れていき、背中へと目を向ければ、ベルは周囲に立つ野郎達の前で佇む。

 マントで隠れていてよく分からないが、右側が隆起している事から、右手を腰に当てて立っているんだろうな。


「お前達も随分と色欲にまみれた発言をしていたな」


「「「「………………へ?」」」」

 突如としてベルのターゲットが更新された。


「こんな者たちにお酒を振る舞うお店を作ろうとしているのか……。やはり色欲に走り、女性が傷つく」

 ああ……、なんてこったい。

 俺のショッキングピンク街を楽しみにしている同志達が、捕食者に狙われてしまった……。

 

 戦く同志達。対して女性陣は、「修正してください委員長!」と、一人が発せば、修正コールが広がっていく。

 アバカンコールとは違い、興奮は声音に混じってはいない。

 あるのは怒りである。


「最近、私を見る目がいやらしいんです」


「私はクエスト中に水浴びをしていたら覗かれました」


「無駄に抱きついてこようとします」

 日頃、パーティーメンバーの野郎の行いに不満を抱いていたようで、ここぞとばかりに風紀委員長へと実情が述べられていく。

 聞き入れる委員長は、鷹揚に頷くように見えた。

 俺の位置からだと、背中を見上げるだけだからはっきりとは分からなかったが、うさ耳バンドが大きく前後したから、頷いたと思う。


 頷けば、ハイヒールでサッサッと下生えの上を軽やかに歩き出す。

 反対に野郎達は戦きながら後退り。


 俯瞰から見れば、ベルを中心として距離の縮まらない円が、徐々に扇状に広がっていく様子だっただろう。


「さあ、会頭様は無様に謝罪して転がった。次は――――貴様らだ」


「ひぃ!?」

 普段は魔王軍や強力なモンスターと戦う屈強な一人の男が、ベルの冷たさを感じさせる声音を受けて、まるで生娘を思わせるような短い悲鳴を上げた。

 完全にベルに呑まれてしまっている。


「では――、行くか」

 一言そう呟くように言えば、方々ほうぼうから悲鳴があがり始め、屈強な男達が一斉に逃げ出す。

 

 筋肉の塊を纏い、体重もある男達が一斉に動き出せば大きな振動となり、地面を伝って俺に揺れを届けてくる。


 褐色の顔が蒼白に支配され、足がもつれて転び、助けを求める姿が狭い視界に入ってくる。

 手を伸ばして誰かにその手を掴んでもらおうとしても、その手を取る者はいない……。


「にれふぇ……」

 まともに動かない口で、俺は助けを求めるメンバーに向かって発する。

 俺としては叫んだつもりで逃げてと発したつもりだったが、声はまったく出ていない。

 なので無論、届くことはない。でも俺は念じるように逃げてと口から発し続ける。

 が、野郎達の恐怖に支配された悲鳴によって、無常にもかき消されていく……。


「やだぁぁぁぁぁぁぁあ゛…………」

 叫びを断ち切るゴスンという鈍い音。

 頭部に長い足がクリティカルヒットした光景。

 カイルにも負けないくらいの偉丈夫が涙を流したまま、蹴りが直撃したと同時に白目となって地面に転がる……。


「「「「ひぃぃぃぃぃぃ…………」」」」

 偉丈夫が一撃によって伏してしまった事で、悲鳴に拍車がかかる。


 ベルのバニー姿に興奮していた時に上げた咆哮を容易く凌駕する悲鳴は、王都全域にも、もちろん聞こえているはず。

 住人はこの悲鳴を耳にして不安になっているだろうな……。


「やめてください! たずげ!?」

 謝罪なんて意味はない。

 また一人がベルの一撃によって力なく地面に倒れる。

 俺と同じ目線の高さになった、日焼けした屈強な男が二人。

 でも俺と違い……、二人は白目…………だ……。

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