PHASE-302【阿鼻叫喚】
「逃げるな。挑んでこい。会頭であるトールのように」
仄暗くもしっかりと耳朶に届くベルの凛とした声。
混乱する荒くれ者達は、挑めと言われても嫌だとばかりに、ベルとは逆方向に足を動かしている。
絶対的捕食者である鯨から逃げ惑う小魚の如き冒険者たち。
「だずげで!」
「ちょ!? なんで俺ま゛」
バタリバタリと倒れていく男達。
中にはカイルの声も含まれていた。
第二位階である青色があまりにも容易く倒される光景。
ピリア、ネイコスのマナを使用しない存在が見せる、鬼神の如き強さ。
単純な力だけによるベルの仕打ちに、混乱は極を見せる。
「おかあちゃん! おがあぁぁぁぁぢゃん! おが!?」
筋肉が隆起する男が、母親に助けを求める幼子のような姿は、冒険者ではなく弱者そのものだった。
そして無慈悲に倒れる。
「オイ! ちょっと待ってくれい! ワシは知らんぞ。ワシはイモ売ってただけだ。べっぴんさんが強いのはこの両目でしかと記憶した。ワシは何もやましいことは思っておらん――――です!」
ギムロンが……。剛胆なドワーフでも勇敢な
しかも最後は敬語になってるし……。
両手を組んで、神に許しを請うような姿だ。
かろうじてギムロンは難を逃れたが、ベルが通過した後、樽のような体とは思えないくらいに弱々しく腰が砕け、その場にへたり込んでいた。
二百年を生きる男が初めて経験した恐怖なのかもしれない。
――……その後も男達の悲鳴は上がり続ける……。
修練場にはポツポツと立つ女性陣と、手を下されなかった男性陣。
愛玩生物たちはコクリコによって移動させられた模様。
ベルの鬼神の如き姿を見れば、怯えるといった配慮だろう。あいつ、以外と気が利くな。
俺は多くの男達が転がる光景を眺める。
未だ動けず、地に伏した傍観者が俺だ……。
――――上がる悲鳴はしだいに遠くからのものに変わっていった。
修練場から逃げ出した野郎達だったが、逃げることは不可能なのか、住宅街の方から叫び声が聞こえた。
と、今度は、反対方向である外に繋がる西門近くから野太い泣き声が上がる。
どうやらベルは高速で移動し、東奔西走の活躍で野郎達を修正しているようだ。
野郎達の絶望的な声を耳にしながらも俺は――――、
「みんふぁ……にげれ…………」
皆を案じる。掠れるような声で案じる……。ただの傍観者にはなりたくないから。
そんな俺もいよいよ限界が来たようで、薄れゆく意識の中で、会頭として皆の安否を気にするとか凄くいい奴だよね。と、自画自賛していた……。
「どうしてコイツは自分で上げた好感度を自ら下げようとするんだろうな」
「それが主ですから。女人を知らない主だからこそですよ!」
「まあ、落ち着いてくれ荀彧殿」
俺に近づき、蹲踞の姿勢にて二人は俺の直上で会話をはじめる。
ゲッコーさんの呆れ口調と、珍しく声音に怒りがにじみ出ている先生。
――――この日、怒れるベルが暴れた日。
古の王がさだめたとされるこの世界の暦。
ウリエダネス暦、人馬の月、二十四日。王都にてベルの起こした事変。
紅髪の
今後この伝説を使用して、いたずらをした子供たちに、悪いことをすれば白髪の鬼が来るぞと、親はそうやって躾けていくんだろうな…………。
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