PHASE-938【出会って即、拳骨は当たり前】

「おはようございます」


「待たせて悪かったねスティーブンス」


「なんの問題もございません」

 こういった時、いつもならランシェルが廊下で待ってたりするけど、ここではメイドさん達もゲストあつかいだからね。なのでこの屋敷では客人として過ごしている。

 俺が部屋から出るのを笑みを湛えたまま待ってくれていたのは、以前に爺様の側にいた高年期手前の執事。

 名前はスティーブンス・マルルカニ。

 公爵家の執事長であり、爺様の懐刀。

 カリオネルとの戦いの時、先生がミルド領の内部をかなり把握できていたのはこのスティーブンスからの情報が大きい。

 どういった経緯で先生はスティーブンスと結びつきを得たのかは聞いていないけども、協力者は中枢も中枢だった。

 しかも普通にアクセルが使用できる事から、かなりのやり手でもあると思われる人物。

 懐刀は伊達じゃない。


 カリオネルが爺様を昏睡状態にさせていたけど、それ以上の事が出来なかったのは、もしかしたらスティーブンスの存在があったからかもしれない。

 動けなくなった時点でこの執事が目を光らせる事になるだろうからね。

 当のスティーブンスは、主を昏睡状態へと追い込んでしまう隙を与えてしまったことに対し、自分の不甲斐なさに猛省の日々だったらしいけど、そもそも爺様が身内に甘々なのがよくない。

 血縁でもない俺やコクリコにすら甘いからな。

 その甘さが隙を招いたんだから仕方ない。

 有能な兄二人が亡くなってからは、特に馬鹿に甘くなったそうだからな。

 昏睡だけですんで儲け物と思うべきだろう。


「ご朝食はどうなさいますか?」


「あいつの顔を見ながら食するのは嫌だからね。先に広間で手軽に済ませるよ」


「畏まりました」

 の発言と同時に、執事らしく左手を前、右手を後ろに回して一礼すれば、俺の眼界からいなくなる。

 アクセルを執事職に活用してるね。


 ――自室から広間に移動すれば、サンドウィッチとスープが既に用意され、傍らにスティーブンスが待機。

 手軽ではあるけど、パンに挟まれている野菜や肉はいいもの。

 そして俺が到着する時間を見計らってリム皿に注がれたスープは、湯気の立つベストな温かさ。


「うん。美味い」

 サンドウィッチ一つを二口で食べて、計四つとスープを口に運んで、最後にミルク。


「早く食するのは体にはよろしくないかと」


「だろうね。でも早く会いたいからね」

 コキコキと手から小気味の良い音を出しながら返答する。


 ――――広い屋敷を歩くのはそれだけでも一苦労。

 階層は六階もあるし、横にも広い。

 この屋敷全体を見回るとなれば、数日は費やさないといけないだろうな。

 加えて草原のように広い中庭だったり庭園。ミズーリを浮かべることの出来る池もあれば、征北騎士団と近衛兵の官舎兼詰所が屋敷の四方にあり、彼らの修練場もある。

 庶民の俺は頭がどうかなりそうだ。


 ――。


「主殿。お待ちしておりました」


「どうです荀攸さん、こっちの世界には慣れてきましたか?」


「ええ、食事には驚くこともありますが、順応は出来ていますよ」


「それはなにより」

 地下にて荀攸さんと、その後方で立つマンザートが俺を出迎える。

 侯爵の別邸にある地下と同じで明るくてジメジメとしたイメージは一切無く、他の階層と遜色のない造りからなっている。


「あの馬鹿は?」


「この地下の最奥に」


「手前の部屋でもいいんですけどね」


「念には念でしょう」

 あいつを助ける為に、公爵の屋敷にわざわざ忍び込む手合いなんていないだろうけどね。

 あいつのために一番奥まで足を動かすという事に怒りを覚えてしまうので、出会って直ぐに拳骨を見舞ってやろうかな――。


「邪魔するで~」


「何という下品な言い様だ」


「よし。関西の皆さんの侮辱として受け止め、九州人だが関西の皆さんのために拳骨をぶち込んでやろう!」


「ぎゃん!?」

 どんな理由であっても拳骨をぶち込むことは確定とばかりに見舞ってやれば、痛みを発しながら椅子から倒れる。


「おいおい痛みはないのに痛がってるな。演技ですか? 演技も安定のど三一さんぴんだな」


「貴様! よくも殴ったな!」


「関西の方々をお前ごときが馬鹿にするからだろう」


「いつもいつも訳の分からんことを!」


「まあいいや。カリオネル。少しは大人しくしているかと思えば、生意気さは変わらないな」


「いえ、公爵様。公爵様が来られるまでは素直でした。急に殴るからだと思います……」


「やあミランド。ご苦労様。こんな馬鹿のおもりを任せてすまないね」

 本日のミランドはちゃんと頭が正しい位置にある。

 着脱可能なのはいいね。人間として見れるから接しやすい。

 血色の良い状態で頭を小脇に抱えている姿は中々に怖いからね。


 で、馬鹿といえば、俺が拳骨をしたことでなぜか怒り心頭で騒いでいる。

 でも先に馬鹿にしてきたのは馬鹿だからな。

 こっちは入室する時に関西芸人のように挨拶をしただけなのに、下品とか言うから拳骨を見舞ったんだよ。

 関西の皆様の怒りを拳に乗せた正道な力の行使だよ。

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