PHASE-939【名無し】

「どうだ、アンデッドの体には慣れたか? 俺なんて公爵の位にまだ慣れないよ。お前のなりたかった公爵」

 小馬鹿にしたように言ってやれば何とも悔しそう。今にも泣きそうだ。

 リンの調整で痛みは感じないけども、感情はしっかりと残っているからな。

 本当に悔しくてたまらないご様子。でもアンデッド故に涙を流すことは出来ない体になってしまっている。

 そこは本気で同情しよう。


「色々と喋ってくれましたか」


「まあ――ね」

 聴取担当のS級さんが応えてくれる。バラクラバだから表情は読み取れないけども、返ってくる語調には含みがあったのを感じ取る。


「喋ってはくれるけど、決定打になるネタはないといった感じですか?」


「そうなんだよね」

 聴取担当。つまりは――拷問担当でもあるのがこのS級さん。

 S級であるからこそ拷問もS級。きっとドSでもあるんだろうな。

 カリオネルの場合、痛みはなくても負の感情に対する耐性はアンデッドでありながら皆無なので、ダイレクトに恐怖が植え付けられる。

 つまりはこのS級さんの聴取を受け、このヘタレがソレに耐えられるわけがないのは誰もが分かること。

 でも語ることが出来ないとなると――、


「コイツは深くまでは知らないということですね」


「だね」

 短くS級さんが返してくる。


「魔術学都市ネポリスで色々とやり取りをしてたみたいだけどね」


「たしかこの公都の北西に位置する都市ですよね」

 以前の話でそこから大きな木箱――つまりは合成獣たちが入っていた箱が公都に運ばれてきたんだよな。


「で、ソレらを創り出した連中は何者なんだ?」

 無駄だと分かっていてもカリオネルから俺も直接聞いてみたい。

 俺に対して反骨心を見せるかと思ったけども、ここに至るまでにS級さんとのやり取りがあったせいか――、


「知らん。この地、果てはこの大陸の統治者となれるだけの力を俺に与えたいと頭を下げてきた。その連中がオルトロス達の力を俺に見せてくれたのだ。俺だけが特別だったはずなのに、お前もマンティコアを飼っていたなんてな……」

 と、素直に返してくる。

 自分だけが特別と思っていたがために、俺を恨めしそうに見てくる。

 弱いくせに怨嗟のこもった強い眼力だ。

 まあ仕方ないか。マンティコアだけでなく、自分がなれるはずだった公爵の位を血筋に関係のない俺に奪われたんだからな。


 しかしそのマンティコアだが、俺の場合、魔大陸で仲間にした。

 なんで魔大陸にいたマンティコアの同種が大陸の――それも北国の方にいたのか。

 遙か南の大陸とこの大陸の北国……。

 うむ。結びつかない。

 ランシェルは、マンティコアはこの大陸から魔大陸に持ち込まれたと言っていたしな。

 馬鹿に力を与えたいと言い寄ってきた連中が、魔王軍と繋がりがあるから魔大陸に持ち込まれたのだろうか? そうなると事だな。


「いくらお前がお馬鹿でも、初対面の相手から名前くらいは聞いただろ。お前にコンタクトを取ってきた連中の中で名乗った人物は?」


「……ミラージュだ」


「なんだそりゃ? 俺が知りたいのは別称じゃなくて本名だよ」


「それ以外は知らん。連中の中の一人が自分の事はそう呼んでくれと言ったのだ。真の強者は小者の名など、一々覚える必要はないです。と言ったのでな」

 ――……で、褒めそやされた結果、追求も詮索もしなかったってことか……。

 馬鹿の極だな……。

 いや分かっていた事だけど……。


「実名は知らずか。名無しの権兵衛だな」


「ジョン・ドゥとでも名付けるか?」


「いいですね。そっちの方がこっちの世界だと言いやすそう。西洋の名無しの権兵衛ことジョン・ドゥ――採用です」

 いつの間にか俺の背後に立つゲッコーさんに素で返す。

 冷たい気配を纏っていないゲッコーさんなら俺も驚かなくなった。

 

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