PHASE-794【川の前にて】

「さあ、今日はゆっくりと休め」


「王は?」


「私は前線の者達を労う」


「ならば――」


「ならんぞバリタン。前線にて相手が現れようものならまた勝手に突撃するからな」


「然り。今回は私が出ましょう」

 ここで侯爵の登場。

 前線には征東騎士団もいるから自分も主として労いたいし、何より高順氏の指揮による騎士団の強さを目の当たりにして、是非とも懇意な間柄になりたいそうだ。

 それを済ませて休息を取り、明くる日にはアルサティア川に架かるロマゲン橋を越えて、公爵領へと踏入。

 本格的な北伐となるわけだな。




「皆! これからが大一番だ。ここよりは側にいる者達の顔をよく見ておくのだ。今生の別れとなるかもしれん。絶対に生き残れるとは約束できん。そんなことが可能なのは無双の英雄だけだ。残念ながらいくら鍛錬で血反吐を吐いたところで、必ずしも英雄になれるというわけではない。無論それは私もだ。だから私の顔をよく覚えておいてくれ。英雄ではなくただの王だからな。討ち死にすることもあるだろう」


「それは無理でしょう。王よ」


「なぜだバリタン。折角、昨晩あまり眠らずに考えた、心に響く演説。であったのに」


「それを皆の前ではっきりと言うのですね」

 と、侯爵がツッコめば、どっと笑いが起こる。

 これから麓と要塞攻めという激戦になるというのに、何とも気の抜けた王様と、マグナートクラス二人によるかけ合いだ。


「そもそも、王こそが皆の顔を覚えておかなければなりません」


「伯爵の仰るとおりです」


「なぜだ? 言ってみよバリタン」


「王がもしも討ち死にするのならば、その時はこの場にいる者たち皆が討ち死にした後でございます。王たるもの、散るにしても最後に華々しく散ってください」


「ぬぅ。戦場での孤独死は御免こうむる。皆、私がそうならないためにも生きてくれ」

 馬上にて頭を深々と下げれば、一時のしじまが訪れる。

 嵐の前の静けさというやつだった。

 しじまは大気がビリビリと振動するほどの鬨の声へと変わる。

 麓だけでなく要塞にまで聞こえているであろう大音声の波。

 当てられるだけでこちらも高揚感に包まれる。

 本当に王様は人たらしの才能に秀でているね。


 遅ればせながら参戦した諸侯率いる約五千は、まだ高揚するような戦いは行っていない。

 だというのにこの周囲のテンションに完全に当てられてしまい、最初から参加していたかのように高揚し、手にした利器を天高く掲げて声を張り上げている姿も見られた。


「まったく口が上手いのね。そっくりじゃないのよ」


「それは誰と――でしょうか。リン様」


「ロマネリアスの馬鹿よ」


「おお! その名は太祖様! なんと光栄な」


「光栄ね~。あいつを光栄と思うなら、貴男はあいつ以上の馬鹿かもね」


「それも光栄。そうですな――もし私が討ち死にでもしたならば、リン様が使役する者達の末席に置いていただければ、これからの戦いも力まずに立ち向かえます」


「残念もう満席。まったく……言うことまで同じなのに驚かされるわね」


「――――はぁ?」

 気の抜けた疑問符混じりの王様。

 それを目にしたリンはやれやれと肩を竦めた。


「そんなことよりも貴男にはもっと鼓舞してもらわないと。折角その起爆剤がいるのだから」


「確かに」

 で、二人して俺を見るんだよな。


「近き者は刮目! 遠き者は傾聴せよ!」

 王様が声を張れば、鬨の声がピタリと止まり、全兵が見て聞く姿勢。

 士気が高いと途中参戦の者達を含めた混成部隊になったとしても、問題なく機能するんだな。


「私は英雄ではないが、有りがたいことに我々には無双の英雄たちがいる! 陥落寸前だった王都を魔王軍より救い。そこからの常勝。果ては少数で魔大陸まで渡り、魔王護衛軍なる我らがまだ目にしたことのない難敵とその指揮官の一角を倒す功績。火龍、地龍を救い出した大功績と、功を上げればきりがなく、色あせることのない歴史として燦然と語られる英雄たちが我らにはいる!」

 喋々と述べる王様は、言葉が進むにつれて熱を帯びさせていく。

 熱が伝播するかのように臣下の貴族に諸侯。兵士たちにギルドの面々が、俺に向かっての熱視線。

 対する俺は、暑苦しい視線と目を合わせたくないので逸らすことに徹する。

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