PHASE-667【掴まれる】
「どうやら転移魔法のようですね」
!?
俺とは違って随分と落ち着いたコクリコの声が背後から聞こえてきた。
俺だけでなくコクリコもここに飛ばされたようだ。
「無事だな。怪我はないな」
「ええ、問題ありません。おそらくですが、ここが地下十三階ということでしょう」
本当に落ち着いて佇立している。
この胆力は見習いたいな。俺は未だに早鐘打っている状態だからな。
――大きく深呼吸をして一帯を見渡す。
「明るいな」
「ええ。如何にもな感じがします」
今までの階層と違って灯りは必要ない。
天井には白光に輝く灯りがいくつも設置され全体を照らす。
コクリコの腰にあるランタンの明かりが弱すぎて目立たないくらいだ。
「ここが十三階か?」
コクリコが俺と一緒に転移したという事は、当然その後ろにもう一人いるわけだ。
コクリコ以上に落ち着き、最後尾で髪に挿したかんざしを整えているリンへと問えば、
「そうよ」
と、簡素に返ってくる。
俺の質問よりかんざしのポジションが大事なようだ。
そんなにも余裕があるのは、この空間に驚異と呼ばれる者がいないからなのか――。
「広さは先ほどの玄室と変わらないくらいですが、正面に見える鉄扉以外なにもないようですね」
「ここで休息をしろって事なのかな」
如何にもボス前のセーブポイントみたいじゃないか。
この十三階はその為だけにあるって事だろう。
「まったく。最下層一歩手前なんですから良質なアイテムくらい置いていてもいいでしょうに。このダンジョンで私個人の最高の収穫は、ミッターとオスカーだけのようですね」
「ミッターとオスカー?」
誰だよと言いたい。
首を傾げる俺に対して、コクリコが得意げにブレスレットとアンクレットを見せてくる。
どうやら、ミッターとオスカーという名前をつけたようだ。
名前をつけるくらいにお気に入りになったんだろうな。
早くこの者達の実力を見たいところ。なんて言いながら嬉々とした表情だ。
「ちょっと、そのミスリルフライパンは最高の収穫には入らないのかしら」
フライパンが含まれていないことにご立腹のリン。
「ああ~。う~ん。まあ、役には立ちますからね。私の所有物として今後も利用はしてあげましょう」
「凄く上からね」
でも使用する発言を耳にすればリンはご満悦。
やっぱりそういう事なのかね~。
――――何もない空間だけども一応の警戒をしつつもちょっと休憩。
背嚢に腰を下ろして待機。
今回は十二階でポーションを使用したけども、こういった非戦闘地帯で飲むのもいいだろう。
効果があらわれる間を利用して小休止も出来る。
冒険者の中には後先考えずに次から次と進みたがるのもいるだろう。
オンラインゲームなんかでもそいったタイプの人がいて、一息つけるタイミングを逃したりもするからな。
こういった時間を作るきっかけにもなるっていう意味合いでは、即効性のあるハイポーションよりも、ポーションの方が精神安定にもつながるような気がする。
大きな戦闘を終え、完全に痛みと疲労が消え、次へと進めた安堵感を覚えれば、自然と飢えと渇きの欲が出て来る。
革袋の水を飲み、コクリコ持参の干し肉を咀嚼して嚥下。空腹感を紛らわせる。
干し肉の所有者であるコクリコは、口に干し肉を咥えたまま、ミッターとオスカーと名付けたタリスマン付きの装身具をずっと見て微笑んでいる。
子供の頃って好きなおもちゃをずっと見ていることが出来たもんだ。それに近いものがあるんだろうな。
「――――さて、良い感じに体もリラックスできたし、行くか」
言えば、先に立ち上がるのはコクリコ。
ミッターとオスカーを眺めていた時とは違って、引き締まった戦いの顔になる。
格好いいぞコクリコ。と、心で思うだけで口には出さない。
「油断せずに行きますよ」
「まかせろ」
俺たちはしっかりとした足取りで扉へと近づいていく。
後、数歩といったところで、鉄扉の隙間から白い煙が溢れてきた。
「さあ来るか!」
バガンッ! と、もの凄い勢いで扉がこちら側に開けば、多量の白煙が部屋全体に広がっていく。
次の瞬間、俺は体の自由を奪われた。
ガッシリとなにかに掴まれる感覚を覚えると、一気に扉の方へと引っ張られる。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「トール!? またですか……」
コクリコの声が遠くなっていく。
分かったことは、十二階の時の焦燥感のある声とは違い、落胆に近いものだった……。
うん……。【油断せずに行きますよ】ってつい今しがた言ってくれてたのにね……。
視界全体が白い煙に覆われているから、コクリコがどの位置にいるかも分からなかったけど。
俺に対する評価が、がくっと落ちたのだけは理解した……。
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