PHASE-668【当然、決裂】

「おお!? おおぉぉぉぉぉぉ!」

 扉の方に引っ張られているというのは理解していたが、次には体が下の方へと引っ張られているという感覚に変化する。

 自動的にこのダンジョン最下層である地下十四階へと強制連行されているというのは確定。


「――――だい!?」

 乱雑に投げ捨てられる俺。


「もう少し丁寧に扱ってほしいね。現代っ子の体はデリケートなんだから」

 なんて言いながらもしっかりと周辺は警戒するし、背負っている背嚢を下ろして、抜剣出来るようにロングソードの柄に手は添えた状態。

 十三階とは違ってここは暗くて湿っている。

 ビジョンを発動すれば、


「地底湖――か」

 澄んだ湖だ。名水百選にしてもいいくらいだな。

 にしても広い。ミズーリとか出せば余裕で浮かせる事が出来る広さだ。

 でもって、寒い。

 元々、冷ややかなダンジョンだが、湿度を帯びたこの階層の寒さが肌に纏わり付いて、体の芯に寒さを届けてくる。


「さて挨拶をしたいんだけど」

 乱雑に投げ捨てられた事はいまは問うまいよ。


『――――何をしに来た冒険者よ』

 ちゃんと返答はくれるようだ。

 ただ、地底湖のどの部分から語りかけてきているのかまでは分からない。

 声が天井や壁に反響しているのだろうけども、ここまで反響するものなんだろうか? 

 まるで7.1サラウンドのように、声に包囲されている臨場感。


「どうも初めまして。自分は遠坂 亨といいます。勇者としてこの世界を救う存在という立場です。一応」


『勇者? お前が――か?』

 最近はこういった問答も無かったのにな~。

 普通の見た目とは言われても、結構、勇者として受け入れてくれてたんだけどね。

 以前は俺をスルーして、ゲッコーさんやベルを勇者と思って、真っ先に話しかけてたもんだ。

 ――……コクリコとかシャルナとか。

 ――…………現パーティーメンバーがな!


「冴えない風体でしょうけど、一応は勇者です」


『自分で冴えないとは――殊勝だな。それとも他者に言われる前に自分で言うことで、心の傷を和らげようとしているのかな?』

 中々に言うね~。

 正鵠を射るとは正にいまの発言。


「まあそんなところです」

 爪を頂きたい立場だから、そういった発言も素直に肯定しますよ。


『それで何用でこの迷宮を荒らす。それにまさかだが、アンデッドの騎士達を倒したのか?』


「ああ、はい」


『本当に!? 本当にか!』

 なんか慌ててんな。倒したら駄目だった系か?

 となると交渉が難航しそうだな。


『にわかに信じがたいが、なぜに荒らす』


「荒らすとは言いがかりですよ。我々は攻撃を仕掛けられたから対応しただけです」


『この地に知らぬ者が現れれば攻撃もしよう』


「話し合いが出来れば困らないんですけどね~。貴方みたいに」


『何でも自分たちの語る言葉だけが全てだと思わないことだ』


「肝に銘じておきます」

 て、言われてもさ。どうやってコウモリや大ネズミと話せばいいんだよ。

 アンデッドだってスケルトンと金切り声で叫ぶゾンビとかだし。

 コンタクトが取れないんだから仕方ないでしょうよ。


『素直な勇者よ、用件を聞こう』


「話が早くて助かります。爪を少し分けてくだされ――」


『結局は貴様も私の命が目的か!』

 用件をしっかりと話させてもらいたい。途中でぶった切らないで……。


「違いますよ。聞いてますか。爪をですね」


『黙れ! 怖いヤツ!!』


「ええ……」

 問答無用ってことか。ていうか急に子供っぽくなったな。なんだよ怖いヤツって。最初の落ち着きある語り口とはえらい違いだぞ。

 

 臨戦態勢なのか、澄んでいた地底湖の光景が濃霧に早変わり。

 水面からチリチリという音が聞こえてくる。


「さむっ!」

 チリチリ音は、水面に氷が張っていく音か……。相手は感情が高ぶっているようだな。

 ミストドラゴンというより、フロストドラゴンだな。

 まいったな~、火龍装備でもないのに……。

 あまりの寒さに体がシバリングを誘発する。

 奥の方で熱々のおでんとか売ってないかな。

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