PHASE-533【背後を取られても冷静です】

 ――――心配も杞憂に終わった。

 ゲッコーさんのスニーキング技術が運転にも活かされたのか、それとも魔王軍がお馬鹿なのかは分からないけども、ハンヴィーで距離を稼いで、周囲に細心の警戒をしながらの徒歩での移動をすること一日半。

 眼界に集落が見えるところまで到着。

 現在の時間帯は日没に差し掛かるころ。集落のほうから炊煙が上がっているのが確認できる。


「あ~お風呂入りたい……」


「まったくだ……」


「二人ともその辺りのメンタルは弱いですね」

 隠密行動だったからな。

 いつもならギャルゲー主人公の家を召喚するんだけども、敵地の平原に一軒家を出すわけにもいかないからな。

 シャルナとベルは風呂に入る事が出来ないから滅入っている。

 風呂に入れないから滅入るってのは、軍人としてどうかと思うぞベル。

 軍の最前線だと風呂に入れないなんて普通だろうに。

 二人に比べると、こういう時のコクリコは逞しい。

 俺たちと出会うまでは、賊の塒に入り込んで盗み食いをしていたんだもんな。

 この世界で生きるためには、コクリコのようなハングリーさを身につけないといけないのも確かだ。


「リズベッドは大丈夫か?」

 元が頭につくとはいえ魔王だからな。

 なに不自由ない生活を送ってきただろうから、こういう移動は嫌かもな。しかも靴のサイズはあってないし。


「別に問題ありませんよ。むしろこうやって皆さんと歩くのは楽しいです」

 周囲から大事にされていたって事もあって、自由に行動できない生活だったようだ。

 不自由ない生活だからといって、必ずしも自由があるとは限らないんだな。

 コクリコの後をついて歩く姿は、同年代の少女と遠足を楽しむ光景だ。


「リズベッドっていくつなの?」

 ランシェルに小声で質問するも、返ってくるのは首を左右に振るものだった。

 年齢は分からないそうだ。


「分かることは、四大聖龍リゾーマタドラゴン様たちより年齢が下だということくらいです」


「……おう」

 この世界の創造に携わった四大聖龍リゾーマタドラゴンで例えるあたりがな……。

 やはり外見と違ってスゲー歳いってんだな。

 へたしたらシャルナがかなりの年下になるかもしれんぞ。

 にしても、ぶかぶかの半長靴を履いての歩きなのに疲れも知らないし、白いワンピースには何かしらの魔法でも付与されているのか、一切の汚れがついていない。

 同じ白でいうと、ベルの軍服も汚れてないな。

 俺のマントは結構な汚れが目立つのに。

 リズベッドは付与があると考えるとして、あれだけの戦闘をこなした後なのに、ベルの軍服が汚れないのは謎だな。 

 汚れすらも消滅させる力でもあるのかな?

 チートさんは何でもありだから。

 

 

 ――――夜の帳が下りる。

 先ほどまで影法師が長く伸びていたけど、今では鳴りを潜めている。


「よし行くか」

 集落の近くまでは来ていたから、日が暮れる前には到着も出来たけども、念には念を入れて夜暗に乗じて行動する。


「なんだかかくれんぼうみたいで、ドキドキしますね」

 様々な事が新鮮だからか、リズベッドは何とも陽気だ。

 こういう状況下でも楽しめるのなら、存外、肝は据わっているよな。

 まあ、魔王だから当然ではあるのかな。


「止まれ」

 ――……早速見つかる……。

 でも問題なし。


「抵抗はするな」

 と、警告をしてきた存在に警告をする声。

 俺たちの中でまず見つかることのないゲッコーさんが、背後から現れた存在に対して、背後より忍び寄って羽交い締め。

 一瞬で相手の動きを制するあたり流石としか言いようがない。


「降参。力が全く入らない」

 ゲッコーさんに拘束されれば誰だってそうなるだろうな。

 ビジョン越しに見れば――、


「ベケット氏じゃないか」


「いやはや、流石は勇者殿一行。驚かせようと思っていたらこちらが驚かされてしまったよ」

 余裕ある返しは、俺たちに敵意がない友好的な証拠。

 集落の手前で警戒に当たっているのか、手にはおっかなくてデカい槍を持っている。

 まあ、それすら振ることが出来ないように拘束されているけど。

 

 ――――!


「なんだ。勇者殿ではないか」


「はい勇者です」

 更に背後から突然の声。

 ベルは感知していたのか取り乱すことなくゆっくりと振り返り、ゲッコーさんもベケット氏の拘束を解けば、声の方向に体を向ける。

 でもってベルとゲッコーさんだけじゃなく、なんと俺も気付いていた。

 背後に立たれるゲッコーさんのものと比べると感知しやすかったからな。

 チート二人と同様に、突然の声に対しても慌てふためくこともなく冷静に振り返り、返事が出来る俺のこの余裕たるや。


 シャルナやコクリコはそうはいかなかったようだけど。

 俺たちと違って、二人は驚いた表情で振り返っていた。

 二人とも修行がたりないぞ。と、なんか得意げになってしまう俺。

 でも声の主を視界に捕捉するには、一拍の遅れが生じてしまった。

 この辺はまだまだだな。

 対象者に対する外見の想像と、経験の浅さが顕著に現れてしまった。

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