PHASE-534【感動より講談】
想像で勝手に俺たちと同じ背丈、もしくは長躯のヴィルコラクの方と思い込んでしまった。
ベケット氏と最初に出会ったから、長身と思い込んだんだろうな。
視線を下方に移すことで、ようやく声の人物を視界に収めることが出来た。
忍者のような黒頭巾からは、唯一、目だけが見える。
暗がりの中で輝く黄色い瞳。顔を覆う黒頭巾の鼻部分が隆起している事から――、
「ゴブリンさん?」
「如何にも」
右手には普通のナイフ。
左手には逆手で持った爪の様な形状からなるナイフ――カランビットナイフ。
黒頭巾で忍者と連想したけど、アサシンと見るべきか。
ゴブリンアサシン。小柄で敏捷。視界外から仕掛けてくる攻撃。――うん、強そうだ。
集落にいる面々は前魔王であるリズベッドの派閥の方々。その中には実力者のゴブリンがいるとガルム氏が言っていたけど、目の前のゴブリンさんは正にその中に入る方だろう。
「よき立ち振る舞いで」
「称賛を受けても、すでに気付かれておったでしょう」
しわがれた声からして、このゴブリンさんは翁と呼称しても問題ないくらいに歳を重ねているようだ。
「いえいえ、気配を気取られない歩法と接近は、レッドキャップスの面々でも気付くことが出来ないでしょう」
ベルの評価は高い。
対するゴブリン翁はお礼を述べて恭しく頭を下げる。
「本来ならば、一番に驚嘆と歓喜の声を上げねばならないのですがの……」
「息災でなのよりです。アルスン老」
跪くゴブリン翁ことアルスン老。
もちろんリズベッドの前で。
「よ、よくぞ……。ご無事……で」
しわがれ声に震えが入る。
声に同調して肩まで震え出す翁。
ベケット氏もさぞ喜んでいると思ったが、既に俺達の前から消えていた。
主の帰還をいち早く教えようと、集落に向かっていく全速力の後ろ姿を目にする。
ヴィルコラクの全速力は本当に速い。
ハンヴィーに併走するだけの速度と持久力があるのが頷ける速さだった。
闇夜の中を昼間のように走るベケット氏は歓喜しているのか、時折、跳躍しながら両靴底を合わせている。
――あっという間に話が広まったのか、集落の方向から地鳴りのような足音が響けば、皆して俺たちを取り囲んでくる。
代表するようにガルム氏が俺たちへと歩み寄り、
「よくやってくれた!」
長躯の体が俺を抱きしめてくる。
――……マジで止めてほしい……。
デカい体に抱擁されるのは困る。
なんて力なの……。背骨が砕ける……。火龍装備なのに砕けそう……。
出来る事ならヴィルコラクでも女の子がよかった。
「不可能を可能とする。本当に勇者とは偉大だな」
称賛の嵐はこそばゆくもあるけど、ガルム氏が終われば次々と俺へと抱擁を求めるはいかがなものか。しかも男性陣ばかりじゃないか……。女性陣は頭を下げてくるだけだ。
逆であれ!
感謝の抱擁が終わればゴブリン老に続けとばかりに、一斉にリズベッドの前に跪く集落の面々。
俺に抱擁する前に、主に対して真っ先にその行動をとるべきだと思うんだけども。
主であるリズベッドは、むしろ恭しくされるのが苦手なご様子。
皆に立つように促す姿は、あわあわしていて可愛かった。
落ち着きのないリズベッドに代わってなぜか横に立つコクリコ。
跪く者達を堂々と見下ろすスタイルだ。腕組みをしてなぜかご満悦。
「皆さん。我が友リズベッドを無事に救い出しました」
「「「「おお!」」」」
主の横で威風堂々としているコクリコの発言に、皆さんは感嘆の声を上げる。
感謝の念を表現するように、コクリコに向けて祈りまで捧げている方もいる。
というか呼び捨てにすんなよ。言動で不評を買ったらどうする。
不作法な者達だって認識は避けたいんだよ。同盟を組みたいんだから。
「感謝しますぞ。コクリコ殿」
――……あれ? あんまり気にしてない。
「いえいえ、これから手を取り合うのですから当然のことです」
「「「「おお!!」」」」
集落の皆さん同音だけど、声音は感嘆から歓呼に変わる。
コクリコに対する印象はすこぶる良い。
でもって、コクリコが同盟の言質を取ったような感じになってる。
「――――レッドキャップス指令であるデスベアラーは、雄々しく見事な敵でした」
翁から礼を受け、皆さんからの衆目を集めれば、まな板は間を置いてから、得意げに語りはじめる。
――――皆と協力し、自身の魔法でデスベアラーを幻惑。そこに勇者トールの一閃が走ったのだ。と、熱を込めて伝えている。
特に、自身の魔法による幻惑ってのが大事なのか、二回口にしていた。
さながらワンドが張り扇だな。
跪いていた姿勢から、胡座や横座りになって聞く姿勢になれば、コクリコの講談を耳にする度、集落の皆さんから歓声が上がる。
これで食っていけそうだな。
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