PHASE-431【S級】
「くそ……」
動きたくても動けない体。
一大事なのに何も出来ないのかと、情けなくなってくる。
「さてどうするね」
焦りを消し去ったゲッコーさんが問うてくる。
ここで判断を遅らせれば、それだけ被害が拡大するだろう。
一夜にしてこの街は大パニックだ。
「私達も手伝います」
「ランシェル」
「私達を縛っていた者から解放してくださいました。いまだ完全なる自由を得たわけではないですが、この大恩に少しでも応えたいのです」
ここのメイドさん達が、戦闘力の高いサキュバスだってのは理解している。一人インキュバスだけど。
協力を買って出てくれるのは助かる。少しでも人手が欲しいからな。
「ああなったのも我々が原因です」
コトネさんが頭を深く下げれば、ランシェルに他のメイドさん達も、頭を一斉に下げる。
サキュバスとして精気を奪い、弱ったところに精神支配を施すゼノの力。
大恩だけでなく、加害者側として、贖罪の意味もあるんだろう。
「信じられるのか?」
訝しい顔でイリーが質問してくる。
瞳には、明らかに敵視した感情も含まれていた。
「信じてもらわないと対処できないだろうね。協力者は多ければ多いほうがいい」
倒れた状態から、コクリコとシャルナの補助で座ることが出来るようになった俺が返答する。
ここで信じろって言っても、難しいのは理解している。
こういう状況になったのは、コトネさんも言っていたけど、メイドさん達が原因でもあるわけだし。
まあ俺が言ったところで、イリーは納得していないご様子。
脱力感に襲われている現在、喋るのも気怠いので、ベルに目を向ける。
「イリー殿。遅疑逡巡に囚われれば、大痛打を被るのは必定です」
「……ベル殿の言は正しい。分かりました」
強者が言えばちゃんと聞き入れてくれる。
ベルはイリーのことも考えて、活動部隊を分けるように提案。
緊急時における即席部隊の連係は、活動遅延の元になるからと、騎士団とメイドさん達は別々に行動し、操られている人々を行動不能にしていく。
これにイリーは、首を縦に振って賛同。
「でも、もっと人数が欲しいな」
一体どれほどの数が操られているかも分からない。
コトネさんに詳しく聞けば、街の人達や兵士たちは、おおよそ六百人ほどが操られているという話だった。
操られている人々に共通するのはドドメ色で、痛覚が無く、攻撃的になるというもの。
――……鈍器で頭を殴られた気分だ。
現状で動かせる人数を目にする。
メイドさん達が四十人ほど。
イリーが即応して、動かした騎士団は二百五十人くらいだそうだ。
合わせて三百に届く程度。
これで倍ほどの人数を拘束しないといけない。
押さえ込むとなると、一人で一人というのは難しい。
日本でも二十四時間的なタイトルが付いている、警察にスポットを当てた番組でも、暴れている犯人一人に対して、複数人の警官が押さえ込んで確保だからな。
命が奪えないからこそ、それだけの労力を費やさないといけない。
素早く行動不能に出来るだけのスキルを持っている存在が多くいるなら……。
――…………いるんだよな……。
チラリとゲッコーさんを見てしまう。
さきほどの【さてどうするね】って発言は、そういう意味で述べられたんだろうな。
「どうする。ベルが言うように遅疑逡巡は悪手だ。決断は早くしなければならない状況だぞ。このままでは各所で被害が出てしまう。一つでも出してしまえば、俺たちの負けだと思うべきだな」
確かに。このままだと、
――――悩んでいる場合じゃない。
「ゲッコーさん。指揮を――――一任します。というか、貴男の言うことしか聞かないでしょうし」
「分かった。責任をもって全うしよう」
このやり取りで、俺が何を召喚するのかを理解しているのは、ゲッコーさんだけ。
まだ力がしっかりと入らない手で、ポーチから取り出すのは当然プレイギア。
――――そういえば、メイドさん達からゼノって流れで、急遽戦闘に突入したからな。ゼノのデータは調べることが出来なかったな。
強者だったから、調べる余裕もなかったけど。
などと思っている場合ではないので、
「宜しく頼みますよ。アンダー・コー」
胡座をかいた姿勢のままに召喚を発動。半壊手前の回廊内が光り輝く。
広範囲の光の中で、いくつもの人影を確認することが出来た。
「――――真新しい損傷。戦闘継続中か、終結した後なのか。各員、油断はするな」
光の中の一人が、落ち着いた声で状況確認を行う。
焦る素振りは、ゲッコーさんの時と同様で全くない。
その他の面子も皆一緒。
でもって、皆一緒の姿だから、誰が喋ったのかも分からない。
「揃っているな」
「ドム!」
集団の中で、一人がゲッコーさんの声に即反応。
ゲッコーさんをドミヌスの敬称であるドムで呼ぶのは限られている。
間違いなく俺が召喚したのは、アンダーヘブンの兵士たちの中でも、最強の兵士たち。
アンダー・コーこと、S級兵士たちだ。
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