PHASE-430【勝利と嗤い】

 自身の血で作り出した剣が、容易く破壊されたことに驚愕の表情を見せたが、俺は気にすることなく、一度振り下ろした残火を下段から切っ先を返し、斜めに向かって斬り上げる。

 片手での斬り上げは両手持ちと違って力が入らないが、それは普段時だ。

 インクリーズを使用すれば両手持ちと変わらない斬撃が行えるし、両手持ちなら更に威力が増す。

 今回はインクリーズは使用していないが、俺は、俺が想像した以上の剣速で残火を斬り上げる。

 剣速はインクリーズ使用時以上のものだった。

 あまりの剣速に炎がついていけず、炎の帯が斬り上げた空間をオレンジと赤色で彩る。

 この一刀で斬獲だというのは、十分に理解できた。

 全ては残火と――――、新たに習得した、ぶっつけ本番のピリアが可能にした一撃必殺。


「お前に真っ直ぐに迫った時、俺は気迫の後に、追加で口を開いたんだ」

 斬られた箇所はざっくりと開かれ、同時にそこから炎が燃え広がる光景。

 自らの血液で剣を作るだけあって、切り裂かれた部分からは鮮血が噴き出す。

 しかし、即座に残火の猛炎に触れて蒸発していく。

 鉄のような臭いが辺りを支配し、鼻を押さえたくなった。


「この、こんなのが……。何をした……。今までと違う……動き。何を口にし……た?」


「お前の使ったピリアである、ブーステッドを使わせてもらった。凄い力だなコレ」


「馬鹿な……一度見せただけで簡単に……」

 ブーステッド。今まで経験したことのない膂力、耐久、敏捷の向上を体感できた。

 一か八かの大博打だったが、最高の出目だった。

 

 コクリコにも感謝ってのが嫌だったが……。

 あいつにボコボコにされて、シャイニング・ケンカキックまで見舞われた苦い記憶。

 痛みからのイメージによる習得ってのが、まさかこんな場所で役に立つとはな。

 あいつは習得させようという事は考えず、端から悪意で俺をボコボコにしていたが、あの痛みも存外、無駄じゃなかった。

 

 イメージで習得しようと思っても本来は難しいだろう。

 それを可能なものにしたのは、俺の実力が着実に向上しているからに違いない。

 自信過剰は良くないだろうが、ブーステッドを発動できた時点で、大きな自信を持ったとしても、驕りにはならないだろう。


「やってく……れる。こんな小僧が……」


「小僧でも勇者だからな」

 ヨロヨロと後退すれば、立つことがままならないのか、膝で立ち、そのまま力なく横に倒れる。

 本来なら俺一人では勝てない相手だった。

 影を相手にしてくれたベルとシャルナ。

 フォローしてくれたコクリコとイリー。

 何より、ゼノの精神を大いに乱したゲッコーさんのおかげだろう。

 伝説の兵士に拘束されて殺気を叩き込まれれば、誰だって平常心を保てないし、立ち戻るのにも時間を要するだろう。

 恐怖耐性があるはずのアンデッドに恐怖を与えるとか、どんだけなのあの人。

 ゼノの精神が安定する前に攻める事が出来たのが勝因だ。


「俺の勝ちだな」

 勇者として、看取る事はさせてもらう。

 相手が魔王軍であっても、メイドさん達を苦しめていた存在だとしてもだ。


「ハ……ハハ……」

 笑っている。というより……、嗤っている?

 馬鹿にした嗤いだ。


「ハハハハハ! ハーッハハハハハハ!」

 息も絶え絶えだというのに、プライドが命よりも重いのか、炎が全身へと燃え広がる中でも、哄笑は活力に溢れていた。


「何がおかしいんだ」


「この戦い。まだまだ続く」

 胴体から四肢へと炎が燃え広がっていく中で、右手を高々と天井へ向ける。

 まるで俺たち全員に見せつけるように。

 拇指と中指を合わせれば、何度目かのフィンガースナップを響かせる。


「さあ、始まりだ………………」


「何が!」

 強く問うても、返答はない。

 ゼノは炎に包まれて、黒い霧となり、霧散するように消滅していく。

 同時に残った影達も消滅した。


「何をしたんだ?」


「皆さん!」

 外を見ていたイリーが全体に声をかける。

 

 ゼノと狼男を象った影が消滅した事で、住人の方々も解放されたと思い、外を見ていたようだが、俺たちへの呼びかけは喜びを伝えるものではなく、異変を感じたというような声音だった。

 何事かと急いで庭園を見れば、操られていた人達が、こちらへの進行を止めてピタリと停止。

 イリーの声音に緊張してしまったが、良かったと安堵した矢先だった――――、


「ぁぁあぁアアッぁぁぁぁあああァアア゛ぁぁぁぁア゛ア゛アアアアアッ」

 一人が割れ鐘のような咆哮を発せば、周囲が唱和する。

 途端に体を反転させ、今まででは考えられない程の速度で走り出し、庭園から出て行く。


「不味いな。街に行く気だ!」

 珍しくゲッコーさんの声には焦燥が混じっていた。


「ゼノォォォォォォ!」

 死してなお、俺たちに難題を突きつけてくる!

 どうするべきか!

 迷っている場合ではない。

 ゼノへの怒りを抱くと同時に、俺は外に出ようと動き――――出したかった……。

 頭は体に、動くように指示を出しているはずだが、体に全く力が入らない。

 足を動かそうとした途端に脱力に襲われ、立っていることも維持できずに、膝から崩れ落ちた。


 ――………………? 

 ――…………!

 ――……!?

 疑問符と感嘆符が脳内でせめぎ合う。

 なぜ急に、体がポンコツになったんだ……。


「使用した力の反動でしょう」

 と、コクリコ。

 何の? と、問わなくても理解できた。

 上級ピリアであるブーステッド使用は、現在の俺の体では耐えきることが出来なかったようだ。

 

 習得出来るだけの実力は有していたが、肉体はそれについて行けていなかった。

 心技体がそろって、技などは初めて習得したと言える。

 一つでも欠ければこの有様だ。

 普段、初歩しか使用していない俺には、ブーステッドはまだまだ早すぎたピリアだったようだ……。

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