PHASE-1125【年月差による胆力かな】

「侍女の中で最も腕の立つムシュハです。ルマリアの兄であるネクレスにも匹敵する実力を有しております」

 ルリエールの紹介に合わせて深く頭を下げるムシュハさんに対し、


「時間もないので手早く試させてもらう」


「試す?」

 一礼から姿勢を戻し、ゲッコーさんを見るムシュハさんの表情は訝しげ。


「俺は慎重なんでな」

 言うと、次の瞬間ゲッコーさんの気配が消える。

 すぅぅぅぅぅぅぅ――という擬音が俺の脳内で再生された。

 実際には目の前にいるわけだが、気配を感じ取ることは出来ない。

 居るのに居ないといった気持ちの悪い感覚にとらわれるのは当然、俺だけではない。

 周囲の皆さんも面妖な顔へと変わっていた。


「……凄いですね」

 ムシュハさんは目の前のゲッコーさんに対しコクリと喉を動かし、頬に汗を伝わせている。

 俺もムシュハさんと似たようなもんだ。

 驚きと感嘆からだろう、ルーシャンナルさんとリンファさんは目元をキツくしていた。

 流石はシャルナのお姉さんだ。

 戦いは不得手なようだけど、しっかりとゲッコーさんが強者であることを理解しているようだ。


「じゃあ、コレは――」


「「「「!?」」」」

 ムシュハさんだけでなくルリエールにその他の侍女達も一斉に表情が強張る。

 気配を消し去ったゲッコーさんは追加で光学迷彩を使用。

 感知が完全に出来なくなったようで、


「恐れ入りました」

 と、ムシュハさんはゲッコーさんに頭を下げて降参を示す。


「これで分かった事は、ムシュハ嬢の実力を指標とすれば、立哨についているダークエルフが俺を捕捉することは難しいと判断していいだろうな」


「断定でいいかと」


「そうか。だが俺は慎重でね」

 姿を見せて気配も感じ取れるようになったゲッコーさんがムシュハさんに返す。


「問題は鋭敏な嗅覚を有するミストウルフでしょうね」


「そこは風下から接近するさ。さっきと違ってルートが分かった以上、風の流れも考慮しながら立ち回る」

 うむ。頼りになる渋い声である。

 救出はゲッコーさんに任せていれば問題ない。

 でも任せきりもよくない。

 河童の川流れってことわざもあるしな。

 救出の難易度を更に下げるためにも、俺もしっかりと努力をしないといけない。


「ここでも声東撃西が必要になりますね」


「派手にやってもらいたいもんだな」


「お任せを」

 コクリコがいれば俺以上に目立ってくれるだろうが、ここは俺が頑張ろう。


「シャルナ」


「私は何をする?」


「ここでルリエール達を護衛をしつつ撤収準備を頼む」


「分かった。大変な時は直ぐに呼んで」


「おう。その時は直ぐに駆けつけてくれ。ルーシャンナルさんとリンファさんもシャルナを手伝ってください」


「分かりました。蔵の周辺にて見張っておきます」

 代表してリンファさんが返答。


「トール様、護衛は有り難いですが、我々もお手伝い致します」

 ルリエールがそう言えば、ムシュハさんに他の侍女さん達も俺へと一歩踏み出してやる気を見せてくる。

 揃いも揃って軋む床であるのに足音を立てない歩法なのはお見事だな。


「厚意には感謝するけど、ダークエルフ同士の戦いは今後の事も考えるとよろしくない。ただでさえ階級による禍根があるのに、ここで更に同種族によってソレを増やすのはよくないからね。俺たちだけでやってみる。ルリエールの担当はエリス救出後、安全な場所に一緒に避難。皆さんはそんな二人の護衛についてください。後ここに元々いた子供たちの警護も頼みます。外が騒がしくなるまでは現状、皆さんはここで待機していてください」


「分かりました。危険なことをお任せして申し訳ありません」

 ルリエールの典雅な一礼に侍女さん達も同様の動作で続いた。 


「じゃあ――やるか」

 やり取りが一通り終わったところで、ゲッコーさんが次の行動へと移るための発言。


 ――屋敷裏の建物から闇に乗じて外へと出る。

 乗じたところでエルフの目は闇の中でも捕捉してくるってのが面倒なんだけども、この蔵よりも屋敷内で捕らえているエリスの監視に力をいれているようで、こちらに注意が向けられないのは有り難い。


「師匠」


「見送りはいいから蔵に戻ってろ。エルダーから離れちゃ駄目だぞ」


「いえ、僕もついていきます」


「駄目だ。はっきり言うとお前はまだ足手まといだ」


「分かっています。ですがもしもの事を考えると僕は活躍できます」

 撤収する際、四散することになれば土地勘のない俺やゲッコーさんが迷うことになる。

 だから自分も行動を共にすると言ってくる。


「しっかりと隠れておきますので」


「あ~……でもな……」

 何とも強い目で見てくる。

 断っても絶対についてくる気だな。


「さっさと決めろ。お前が師匠だ」

 せっつかせるゲッコーさんの言葉を援護射撃として利用するかのように、サルタナは更に一歩踏み出し俺へと強い目を向けてくる。

 

 弟子の視線に根負けする俺は溜め息をこぼしながら、


「分かった。でもしっかりと隠れているんだぞ。絶対に見つかるな」


「はい」


「だったら僕も――」


「ハウルーシ君」


「この集落ならサルタナより詳しいですから。サルタナが無茶をしないようにしっかりと見張ります」

 まったくこの子供二人は……。

 子供だけども俺より遙かに年上。

 一人は俺の弟子であり剣術はまだまだだけど、長い人生の中で培ってきた胆力だけなら俺よりも上かもね。


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