PHASE-550【呪いの正体】

「それでリズベッド殿。どうでしょうか? 姫は治りますか」

 心配そうに問うてくる侯爵を横目に、リズベッドは静かに瞳を閉じて姫の額に手を当てる。

 熱がある子供に、親が手を当てる仕草に似ていた。

 一拍置いた程度の間だったが、随分と長く感じてしまった。

 喉に渇きを覚えながらも、やおら瞳を開いたリズベッドに向かって、


「どうだ?」

 と、聞けば、ゆっくりと、しかし、しっかりと首を左右に振る動作が返ってきた。


「そ、そんな……」

 誰よりも落胆のリアクションが早かったのは侯爵。

 背中を丸めて弱々しい姿を見せる。

 先ほどまでの胸を張っていた姿からすれば別人だ。


「駄目なのか?」

 まだはっきりとは口に出していないから希望はあると聞いてみるが、


「私では治せません」

 動作同様に否定した内容だった……。


「理由は何なのでしょうか?」

 侯爵同様にライラが弱々しい声音で質問。


「これは呪いです」


「知ってるよ。ゼノ――ヴァンパイアの呪いだろ?」

 あいつが姫をヴァンピレスにしたと得意げに言っていたからな。


「いえ、これは違うと思います」


「え?」

 ――――術者を倒せば普通は呪解するという。

 対象に強い感情を持てば、呪詛も強いものとなり、呪いが解けないということはあるそうだが、ヴァンピレスへと変貌させたと、自身の力を誇示するような内容だったのなら、姫に対して固執しているというより、ゼノは自身の力に自惚れている程度と推測できる。

 その程度の実力ならば、この様に呪詛が色濃く残るというのはあり得ないと、マナの専門家といっても過言ではないリズベッドが豪語する。


「これはヴァンパイアの呪いではありません。関与はしているのでしょうが、本元は違います」


「でもそれは推測だろ?」

 ゼノは自惚れがあったとしても、自信に見合っただけの実力は確かにあった。

 だから呪いの使用者がゼノである可能性もあると考慮するべきだ。


「いえ、断言できます。ヴァンパイアではありません」

 真っ直ぐな瞳で俺を見つめながら言い切った。

 自信に溢れる声音は、それだけで発言内容が信頼に値するというものだ。


「根拠は?」

 強い瞳に対抗するように、ゲッコーさんも鋭い視線にてリズベッドに問う。


「この呪いをかけたマナの使用残滓には記憶があります」


「記憶? 個人個人で違うのか?」


「その通りですゲッコー様。一般的な使用者となると難しいですが」

 つまりは、コクリコのようなノービスから脱却した程度の魔法使用者レベルだと結構な数がいるので、そこから特定しろといわれると難しいらしい。

 俺なんかには分からない次元だが、マナを使用するにも癖というものがあるらしく、リズベッドはこの癖に記憶があるとの事だった。

 記憶があるという事は、大多数には含まれない存在だということだ。

 つまりは――――、


「かなりの手練れって事になるんだな」

 ストレートに聞けば、首肯が返ってくる。


「おもしろいですね。そんな存在が私以外にいるとは」


「ちょっと黙ってようか」


「なにおう!」

 隙あらば自分語りなコクリコはスルー。

 語るにしても実力がない方は黙っててどうぞ。

 チラリとベルへと目を向けるだけで、小さな頷きが返ってくれば、コクリコを拘束。


「最近、本当に以心伝心なようで」

 退場するコクリコにしては良い発言だった。

 俺とベルの関係性が、本当にそんなふうになればいいのに。


「じゃあ、ちびっ子も離れたことだし、記憶ってのを教えてくれるか」


「ここより北東に位置する万年雪に覆われた古城――廃城があります」


「侯爵」

 ここでドヌクトスの領主である侯爵に問う。


「確かにあります。といっても、ここより遙か北東で、今では人が寄りつくことのない山にある廃城です。アケミネルスという山ですが――」

 大昔、極東の北の大地を守護するために築かれた山城だったそうだが、侯爵の祖父の代からドヌクトス地方は平定され、人同士の争い事がなくなってからは戦略的な価値が無くなり、尚且つ土地の利便性の悪さも災いし、放置された城だそうだ。


「その城に住んでいる者がいると?」


「はい。エンドリュー候には無断で使用しているようですね」


「そのようで。ですが、会話の流れからして、姫に呪いをかけた者がそこを根城にしていると考えてよろしいですね」


「はい。その通りです」


「ではその者を捕縛して呪解をさせればよいわけですな!」

 会話が語末に進むにつれて、侯爵の語調にはメラメラとした憤怒が混ざりはじめる。

 丸まっていた背中も、再び背を反らせた力強いものになっている。

 場所が分かっている以上、そこへと派兵する流れだろう。

 自身が体を乗っ取られるという失態から、この様な状況が生まれたと考えるであろうから、自らの主の愛娘にかけられた呪いを意地でも呪解しようと動くはず。


「竜騎兵隊を引き連れ、バランド各地には最低限の防衛力を配置。精兵五万を動員して攻めてくれる!」

 強く握った拳を震えさせて述べる侯爵。

 熱いな。こんなにも怒りを発することが出来る人物なんだな。

 普段からは考えられないけど、苛烈さも持っていないと、戦場では雄々しく戦えないだろうからな。

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