PHASE-1203【心が参っているね】

 まったくこの寒い夜空の下、川の側でなにやってんだか。

 孤独感を纏うにしても、暖の取れる場所で纏いなさいよ。


 しかし――、絵になるな。

 川面に映る月とその輝き。

 その側で三角座りにて川面を眺める姿。

 薄色からなる金糸のような髪を夜気からなる風にて靡かせる美人。

 いつもの快活さとは違い、こういった影のある感じもまた違った魅力がある。

 

 その魅力に当てられたのか、靡く髪がまるで手招きしているかのように思えてしまい、俺の足は自然とシャルナの方へと向かっていく。


「川縁で夜気に当たり続けると風邪をひくぞ」


「あ、トール」

 お、そうだぞ。

 ――なんだ、なんだ。


「指呼の距離まで近づいていた俺に気付かなかったのか?」


「ああ、うん……」

 中々に元気がないな……。


「スカウトとしては重大な欠点じゃないか」

 発破を掛けるように快活に言ってみるも、


「うん……」

 おう……。中々どころじゃないな。

 とんでもなく元気がないじゃないか。まあ、仕方ないのだろうけども。


「こんなところに一人でいると気持ちが更に沈むぞ。騒がしい所に足を向けるってのは――」


「今のところそんな気分にはなれない」


「――そうか」

 一人になった途端、こうやっていつもふさぎ込んでいたのかな?

 だとしたら――これはいかん。いかんぞ!

 メンバーが悩み事を表に出さずに抱え込んでいるのは問題だ。

 パーティーの勇者として見過ごすことは出来ない。

 負の感情はしっかりと吐き出させないといけないな。


 ――よし! ここは一気に心底にある悩みの本丸に切り込ませてもらおう。


「リンファさんが偽者だったことに気付けなかったのは――、シャルナだけじゃないだろ。それだけデミタスの変化がよく出来ていただけだ」

 しっかりと踏み込んでの発言ってのは、言ってる俺の鼓動も強く打つというもの。

 だからこそ言われた方は更に強く受けてしまうのだろう。

 その証拠とばかりに、丸くなった背中をこちらに向けたままでもしっかりと視認できる長い耳が、ピクリ――というよりビクリッ! と強く震えるのが見て取れた。


 ――…………うむ。予想はしてたが静寂が訪れる。

 しかも重苦しい。


 出来る事ならシャルナには、早いところ口を開いてほしいところである。

 シャルナの発言に対し、どう返すかって考える時間が生まれると、素直な返しじゃなくて余計な事まで付け足しそうになるからな。


「……気付くべきだった。ちょっとした会話の中で生まれる違和感をしっかりと自分の中で熟考するべきだったよ。忘れていたと思うのではなくて、怪しむべきだったんだろうね。それをせずに別行動へと移ったし。もしあの時ゲッコーが付いてきてくれていなかったなら、間違いなく私は別行動の時に命を奪われていたよね……」

 ――――?

 ――ああ。

 ダークエルフの集落へと潜入しようとした時のことか。

 シャルナが昔はリンファさんに色々と教わったという会話をしていたな。

 対してリンファさんは妙な間があってからの返しだったからな。

 シャルナはリンファさんが昔のことを忘れていたと思って、酷いと返してムキになっていたっけ。


 思い出せないのも当然だったわけだけど。

 会話をしていた相手はリンファさんじゃなく、デミタスだったわけだからな。

 姉妹の過去なんて知るわけがない。

 だからこそ、そこで怪しむべきだったと思ったようで、思慮の浅さを反省しているようだ。

 でもシャルナに付いていったゲッコーさんも、怪しんだだけであの時は確定してはいなかったんだろう。

 だからこそ強攻策を選択せず、監視に重きを置いたようだったし。

 しかもリンファさんの正体がデミタスだったことを知って驚いていたからな。

 伝説の兵士であっても脅威レベルを見誤る程の手練れだったわけだからな。正体に気付けなかったとしても気落ちすることはない。


「長い時を過ごすエルフなんだ。思い出を忘れていても仕方ないって考えにもなるんじゃないか? 人間だってそういったことは当たり前にあるわけだしな。長命なエルフなら尚更だろう。だからそこで気付くことが出来なかったとしても気にすることじゃないだろう」

 しっかりとフォローしておく。


「会話のやり取りだけじゃない。実の姉と気付けなかったのが情けないのよ……」

 ふむん。

 こりゃ相当に心が参っているな。

 勝ち気なシャルナらしくない。


「私達が出立する時、姉様は気にしなくていいとは言ってくれたけども……」

 気にしている当人にそんな優しい言葉が向けられれば、かえって心を抉ってしまうこともあるんだろうな。

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