PHASE-1204【この状況での前屈みは避けたいところ】
「お姉さんは王族の側仕え。基本的に会う機会が少ないんだ」
「それでも何度か話したもん……。偽者と……。でも気付けなかった……」
「おう……」
姿を変えている。もしくは操られている。という事を選択肢に含まなかった思慮の浅さを痛感しているようだ。
以前にもエンドリュー辺境候を乗っ取っていたヴァンパイアのゼノってのもいたからな。
少しでも違和感を覚えたのなら、そういった可能性もあると思うことがこの異世界では常識なのかもしれない。
その常識にしっかりと対応できていなかったからこそ、ここまでの落ち込みを見せるんだろうな。
「久しぶりの再会に気持ちがのぼせ上がってたのかもね……」
「それを言うならシャルナだけじゃないからな」
国で一緒に過ごしていた父親のルミナングスさんや、同じ側仕えである母親のカミーユさんだって気付けなかったんだからな。
国を離れていたシャルナなら尚更、気付けなくても仕方がない事だ。と、ここでもフォローするが、月明かりに照らされる表情は暗いままである。
「トールがどう言ってくれても情けないだけだよ。家族なのに……」
それだけデミタスの変化が巧みだった。と言ったところでこれもフォローにはならんわな……。
その証拠とばかりに――、
「トールは姉様に会ったこともなかったのに、私たち家族よりも早くに偽者に気付いたよね……」
「それはデミタスが襤褸を出したからな」
防御壁周辺の霧は、エリシュタルト国のエルフの目以外では見通すことが出来ないってのをルーシャンナルさんから教えてもらっていたからな。
そしてお姉さんとの付き合いがなかったから、本物の性格なんかも把握していなかった。
だから先入観を持つことがなかった。
だからこそ――そんな! まさかあのリンファさんが!? ――というような事を思うことがなかったが故に、霧の先が見通せない発言で直ぐさま疑うことが出来たわけだ。
もしお姉さんとの付き合いが長ければ、信頼から発言を受け流してしまうといった可能性もあったかもしれない。
今回の事は反省点として今後に活かすということにして、ふさぎ込むのも仕舞いにした方がいいと思う。
皆の前では誤魔化すように空元気を振りまいているけども、それを続けていくのはシャルナ本人の心を疲弊させていくものだ。
そうなればいずれはその心がぽっきりと折れてしまう。
――いつまでもふさぎ込ませるわけにはいかんわな。
気分を一新させ、今後の為の行動へと移ってもらわないといけないのも事実だ。
ここでシャルナの気分を好転させるきっかけがあればいいんだけども――。
――あれに頼るか。
ルミナングスさんに託された物をここで渡そう。
本当はシャルナの気持ちがもっと落ち着いてからの方がいいのかもしれないけど、このまま落ち込んだ状態で居続ける事の方がよくないからな。
「シャルナ―――ちょっと付き合えよ」
「――? どこに?」
「ああっと、俺のテントに」
「…………」
なんだよその沈黙は? でもって暗がりでも分かるくらいに笹の葉のように長い耳が赤く染まっていくね。
――……俺はなにか変な事を言ったのか?
――…………。
――……。
――……うん! 言ったね。
スゲえ発言をサラッと言ったね。
「ち、違うからな! そんな精神の弱ったところをついて、女を自室に誘うとかっていうゲスい高等テクニックなんて持ち合わせていないからな! 俺は!」
「ど、どうだか」
やめて! 照れてそっぽ向かないでくれる。
そんなふうに照れられると――アレ!? もしかして意外といけるんじゃね? ――みたいな邪な心に支配されてしまうから。
大脳旧皮質の赴くままに行動してしまうから。
美人エルフのシャルナとそんな事をと考えてしまうと、別の意味でテントを張っちゃうから。
前屈みになっちゃうから。
――……なんとも下品な冗談が頭の中に浮かんでしまったな……。
ベルがこの場にいて俺の思考を読んでいたら、間違いなくボコボコルートだったな。
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