PHASE-419【多芸】

「続けようか。ゼノ」


「生意気な。この私を呼び捨てに出来る者はそうはいない。まして人間風情が」

 お怒りのようで、語気が荒くなると同時に、マントを派手に広げながら俺へと一直線に攻め立ててくる。

 魔法が得意な存在は、接近戦は避けると思っていた。――――とは、まったくもって思わない。

 俺の横には後衛ってなに? を地で行く不意打ち魔がいるからな。


「ブラッディ・ソード」

 接近と同時に自らの掌から真紅の液体が勢いよく噴き出せば、直ぐさま凝固し、剣を象る。

 受けて立つと、横凪で迫る剣に対し、残火を勢いよく大上段から振り下ろす。

 キーンと、小気味のいい音を発する。

 音は小気味良いが、俺は怪訝な表情になる。

 残火はこれまで、どんな硬い物でもバターのように斬ってきた。

 血で出来ているであろう剣を容易く斬るというイメージもあったんだけど、そうはいかなかった。


「アローンクリエイト。それも自然魔法だよ」

 説明するシャルナは器用に、襲いかかってくる影の狼男を倒しながら教えてくれる。

 ゴーレムや建築物の修復などに使用するクリエイトの小規模バージョン。

 小規模と言っても馬鹿には出来ないそうで、発動も速いし、作られた物には魔法付与も備わっているとの事。

 物質を容易く両断する事が可能な残火であっても、魔法付与があれば話は別のようだ。

 物質ではなく、魔法障壁を斬らないといけないわけだな。


「ならばブレイズ」


「それは勘弁だ」

 咄嗟に後退しつつ、五指の先から火の玉を発射。

 上級魔法を簡単に使える存在は、ファイヤーボール程度なら、フロックエフェクトを使用しなくても、一回でたくさん出せるようだ。

 イグニースによって防げば、側でコクリコが「むぅ」っと唸る。

 お前は一度に一発しか出せないもんな。

 いやはや。強いぞ、あいつ。


「トール。後ろだ」


「!?」

 ガキンと鈍い音。

 かろうじて防いだ音は小気味のいい音とはほど遠い。

 籠手でなんとか防いだ。


「ほう、これを止めるとは……。助言を受けたとはいえ、中々に瞬発力がある」

 ――……なんでだよ。さっきまで前にいたじゃん。なんで後ろにいるんだよ!

 血液からなる剣を防げば、力任せに払いのける。

 ベルの声がなかったなら、剣の軌道からして、首が吹っ飛んでいたな。

 わずかな間が出来たので、肩越しに後ろを見れば――――、


「なんだよ!?」

 再び背後から攻撃を仕掛けてくる。

 命を奪おうとする殺気を放つ相手に対して、体を反転させて迎撃準備。

 念のためにチラリと肩越しに背後を一瞥すれば…………、いる。

 背後にもいるが、いま正に正面からゼノは迫ってきている。


「双子か?」


「ドッペルゲンガー。上級ピリアです」

 コクリコの援護射撃。

 背後からの攻撃に対してファイヤーボールで牽制してくれる中で、炎を纏わせた残火で大上段から斬る。


「チッ」

 と、舌打ちが正面から聞こえる。


「ふぅ!」

 安堵の大きな息を漏らす。

 残火の一振りで、ゼノは攻めるのを中断してバックステップ。同時に背後にいたドッペルゲンガーというピリアも姿を消した。

 長時間の持続は不可能なようだ。

 コクリコは驚きながらも教えてくる。

 コクリコもこのピリアは初めて目にしたそうだ。

 ドッペルゲンガーは体内マナであるピリアを闘気として体外へと放出して、自身の体を象らせるピリア。

 どちらかというと魔法であるネイコスに近いらしいが、体内マナを利用するからピリアに分類されるらしい。

 使用者の意志によって短時間だが動くことも出来るし、当たり判定もあるそうだ。

 当たり判定があるって事は、こちらに対して攻撃も可能ということ。


「質量を持った残像だというのか!? ってやつだな」


「? まあ、そんな感じだと思ってください」

 

 上級魔法に上級ピリア。全てが俺より上の存在。

 強敵中の強敵なのに、ベルは中々に手を貸してくれない。

 狼男だけを倒すことに専念している。

 ――――思い出される【現状のままでは意味がないので手ずから】って発言だ。

 結果、侯爵の体からゼノが出てきたわけだが……。

 これ間違いないよな……。


 ベルのヤツ。本気モードの敵と俺を戦わせる腹積もりだったわけだ……。

 いつもの如くのスパルタコースだよ。

 ゲッコーさんも影の狼男の攻撃をのらりくらりと躱しながら、こっちの動きを窺うだけだし。

 まったくもって酷いチート達だよ。

 どんだけ俺を実戦で鍛えたいんだよ!


「さあ勇者よ。ガッカリさせないでくれ。まさかこの程度とは言わないよな」

 この程度だよ。

 ここが広い場所なら、スプリームフォールとか使うんだけどな。

 しかし一人でこの戦力。狼男みたいな影を使役しながら自身も強い。そりゃメイドさん達を不要だと思うよな。

 やっぱ魔王軍のボスクラスは強い。


「お前って何処の幹部なんだ? 野良か?」


「野良とは変な言い様だな」

 まあ、ゲームだと普通なんだけどな。


「私は翼幻王ジズ様配下。筆頭の腹心である」

 三爪痕トライスカーズの一つか。

 マレンティみたいに代表の名前をサラッと言わないところは知恵がある証拠だが、筆頭の腹心とか自分で言ってしまうところは、自意識過剰だよな。

 

 まあ実際に、この地を侯爵の体を乗っ取って支配していたわけだし。個人の実力も多芸で有能。

 筆頭の腹心って発言は、あながち嘘ではないのかもな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る