PHASE-339【シュネー】

 ――――と、いうよりだ。


「ゴロ太ってなんなんです?」

 休憩を取る中でワックさんに質問してみる。

 休憩中でも羽根ペンは放さないワックさん。

 ゴロ太はベルに抱っこされたままお昼寝タイム。羨ましい限りだ。


「私も気になってた」

 シャルナも興味津々。

 亜人でもない子グマが人語を喋るのは、二千年近く生きたエルフでも目にしたことがないそうだ。

 

 今後の作品を考案しているのか、羽根ペンを動かす羊皮紙には設計図のようなものが描かれている。

 俺の質問によってその手がピタリと止まれば、お昼寝中のゴロ太を見てから、語るべきか悩んでいる。

 ――――意を決したように、ワックさんは口を開いた。


「あの子は正真正銘の動物。亜人でもモンスターでもない。むしろモンスターは僕たちです」

 ワックさんの声は暗くて重い。

 話すことを躊躇したい感じもある。なので俺たちはワックさんに任せるように聞き手に務めた。

 こちらから催促するのは良くない雰囲気だったから。

 配慮に感謝するワックさんは、一礼してから再び口を開いてくれる。

 

 ――――ワックさん、王都より東方に位置する、マール街の近隣にある町、ブラムスが自分の出身だと語る。

 俺は言われても分からないが、ブラムスはこの大陸でも質の高い魔道具が製作される事で有名な町だったそうだ。

 

 有能な神官を育成するマールは、必然的に神官候補以外でもマナの知識に秀でた者たちが揃っていた。

 そんな者たちが中心となって魔道具の製作をする町がブラムスだ。

 

 時代が下ることで、ブラムスの技術も昇華されていく。

 ブラムス製の魔力付与のタリスマンや、魔法効果のある武具は、大陸でも図抜けた代物だったそうだ。


 だけど、魔王軍の侵攻が始まったことが原因で、徐々に考え方が極端に偏った人物も現れ始めたそうで、魔道具技術を応用して、魔王軍と戦える力を新たに探し求めた。


 最初は兵士の変わりとなる人間サイズのゴーレムの開発が考えられた。

 魔法によって造り出されるゴーレムは、術者の力量で具現化する時間も決まるらしく、長時間の具現化を可能とする術者の確保は難しかった。

 ゴーレムを封じたスクロールの生産をしようにも、やはり術者の確保が問題となる。

 なので魔道具でそれを代用しようと試みるが、具現化を維持できる時間はほんの数分。戦闘には適していない時間だったそうだ。


 そんな中で偏った考えを持った人物が暴走を始める。

 たどり着いた考えは――――、生物を利用した戦闘兵器の開発。

 俺たちの世界でいうところのバイオ兵器ってやつだろう。

 俺のバイオ兵器の知識はゲームの世界が主だけども。

 

 この世界ではファンタジー要素もあるから、魔法の力でバイオ兵器それも可能となるわけだ。

 

 魔法を活用し、人語を理解して話せる動物を育て上げる。

 力と知能を兼ね備える生物から実験に選ばれたのは――、熊だった。


 王様の許可を得ることもなく暴走した人間達によって研究は進められていく。

 ワックさん達がその全貌を知った時には、すでに一頭の生物兵器が作られていたそうだ。

 名をシュネー。

 白い毛並みからそう付けられたそうで、巨大で力強く、知能の高い雌の熊。

 前足を器用にあつかい、熊でありながら、専用に用意された武具を纏い、試験運用と称して山賊討伐を実行したところ、一頭で容易く山賊を殲滅できたことから、生物兵器の戦闘投入は有用であり、成功と判断された。

 

 更なる力を欲した研究者たちは、苛烈に実験を進めていく。

 ワックさんとその師であるノップなる人物が迷走する現状を王様へと伝える為に、王都へと赴き現状を語った。

 

 だがこの時、大陸を侵攻する魔王軍に対する戦力の必要性を説く者も当然ながら現れるわけで、それに反対する者たちと衝突する事になる。


 この頃はまだ聡明だった王様は、生物兵器に苛烈に研究が傾倒していく実態を危険視した。

 今はまだ熊ですんでいるが、この狂いようは間違いなく人を使ったところまで発展すると判断し、即時停止を命じたそうだ。


 停止命令が下されたことに、研究所は反対を突き付ける。

 結果、王様は派兵を決定。

 ブラムスという小さな町で、シュネーを投入した研究者達に対し、兵達は鎮圧に打って出る。


「ちょっと待ってください」

 気になることがある。

 隣に座るベルの怒りが爆発しそうなのも気になっているんだが、それよりもなぜにそのシュネーって熊は、研究者達の命令を聞くんだろう?


 人語を理解して人語を話せる知識もあるなら、賊ではない人間と戦うという選択は拒否すると思うんだけど。

 それとも絶対命令的な魔法や魔道具が使用されていたのだろうか?

 質問しつつも考えを巡らせる俺に、ワックさんは体をしっかりと向けて――、


「……ゴロ太が……、生まれたんです…………」

 ワックさんの声はいっそう暗いものになる。

 必死になって吐き出された言葉だった。

 雌熊であったシュネーはゴロ太を身籠もり、そして出産。

 

 ――……研究者たちは、ゴロ太を質として利用し、母熊となったシュネーを無理矢理に戦わせたわけだ…………。

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