PHASE-1169【無事が分かれば良し】
「気配の消える中でもお前は気付けたのだな」
「それはその仕様を理解しているからな」
知っている者と知らない者では明確な差が出るのは当然のこと。
こっちは仕様を理解していたから浴室の点検口に身を潜めて窺うことが出来たわけだし。
浴室の近くまでデミタスが来れば、気配が感知できなくなってしまうことで不安にはなったけども、ゲーム内の仕様を理解していれば、感知できない=直ぐ側にいるってことだからな。
なによりダイナミックにドアを蹴り破って入ってくれた事で視認できたのも有り難かった。
正直、賭だったのは点検口に人が入れるかってところだったけど、それが可能だとなった時点で、デミタスに対してダメージを与える事が出来ると自分の中に芽生えたのは確かだ。
相手は俺の存在に気付かない。
しかも感知に自信を持っていた。
感知に自信を有した存在は、自分の目での確認よりも感知への信頼に傾倒してしまい、結果それが災いしたわけだ。
――このギャルゲー主人公の家とギャルゲーあるあるが現実にも作用する事を前もって知っていたことで、この戦いに置いて勝利――とは言えないけども、痛み分けで終わらせることが出来たのは良かったと思いたい。
戦闘停止という状況を生み出したことで、現状、俺は救われているからな。
事実デミタスが今の考えを変えた場合、俺は間違いなく殺されるからな……。
感謝すべきは武人として素晴らしかったデスベアラーと、そこで補佐をしていたデミタスの人となりってやつかな。
俺に対して尊敬する武人を奪われ怨嗟を抱いていても、尊敬する武人の思考を尊重して行動するタイプなんだろうな。
「次は、俺自身の力で正面からぶつからせてもらう」
「その時は惨たらしく殺してやる」
おっかない言い様だけども、戦いを始める前に比べると寒気を背中に感じるということはなかった。
それだけでもここでの戦闘は一段落と考えてもいいだろう。
大きく息を漏らして体を弛緩させる。
敵の眼前でのその行いは愚かではあるのは分かっているけども、重圧からの解放が勝ってしまった。
相対するデミタスからも同じように息が漏れたのが俺の耳朶に届く。
残火によるダメージから完全に回復できない状態での連戦を回避できたのは、相手にとっても都合が良かったようだ。
「で、リンファさんは?」
「殺した」
「ああっ!」
「怒りの感情で体を動かそうと思えば動かせるのね。短い時間しか使用できないブーステッドだということだったけど、巨木に身を委ねた状態から立ち上がるだけの気力はあるのだから」
言われて自分が立っていることに気付く。
不敵に笑む相手に対し、重圧から解放されたばかりだというのに俺は直ぐさま構えていた。
俺に呼応するようにゴブリン達が俺の前に立ち、怯えつつも構えてくれる。
「よせ。戦わないと言った。まあ、この状況での発言としては悪い冗談だったわね」
「冗……談? 本当に冗談でいいんだな。つまりはリンファさんは無事ってことだな」
「ええ」
肯定に安堵するも――、
「無事ってのは五体満足ってことだぞ」
と念押しに問う。
「ええ。捕らえた者をなぶるようなゲスではない。私が嫌うのは炎とそういった考えを持つ者だから」
やはりデスベアラーの配下だけあってまともな思考の持ち主だ。
魔王軍としてこの国に対して破壊活動を行う事と、個人の考えによる行動は別として見ないといけないってのが分かる。
「じゃあ、なんか悪かったよ」
「なに――唐突に?」
「俺の攻撃は火炎系が多いからな」
「その通りね。仇であり攻撃も不快。今後もお前とは絶対に分かり合えないでしょうね」
「だからその言い様は間違いなく次回は味方に……はい、すみません……。なのでその左手を向けるのはやめて。私のこの手が怒りで震える。仇を殺せと劈き叫ぶ――みたいな」
「何その決め台詞は? 本当に不快ね。この状況でそんな事が言える余裕があるのかしら?」
まったくだ。
こっちは殺されかけて尚且つその相手と普通に話してんだから。
異世界に来て俺のコミュ力が素晴らしく向上しているよ。
とまあ、そんな事はいいや。
「リンファさんはどこに監禁してんだ?」
「ダークエルフの集落近くよ」
居住も可能なほどの巨木の洞があるそうで、そこに監禁しているという。
ミストウルフの監視と呪印による魔法不可の状態にしている以外は自由にさせているという。
「以外と優しいとこあるね」
「魔王軍だからといって冷酷だと思ってほしくないものね。冷酷になるのは――」
――……対象にだけってことね……。
炯眼でこっちを刺すように睨まないで欲しいところ。
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