PHASE-230【ロマン砕けて酒気、立ち上る】

「ほれ気付け」

 と、俺にも酒を勧めてくる。

 

 ――……。


「どうしたい?」

 じいさまのような姿の存在が口を付けた物に、口など付けとうはない……。

 かといってこれから洞窟内で頼る以上は無下に出来ない。

 パーティー内の関係がぎくしゃくするのは死に繋がるからな。

 ――……うむ。


「クラックリック、気付けだ。小舟を引いて、この中で一番に体を酷使しているからな」


「会頭よりも先にいただけるとは」

 と、俺の勧めでギムロンから瓶を手渡され、洞窟方向を見やっていたクラックリックは、酒瓶に視線を向けてからグビリと飲む。


「タチアナもどうだい?」

 自然な流れに持ち込み、次はタチアナへと渡すように、クラックリックに促す俺。


「あ、はい」

 素直な返事と共に手に取れば、クピリと喉を動かし飲む様は愛らしい。

 酒というより、ギムロンの言うように気付け薬みたいな物なのか、タチアナの疲れた表情が晴れた。

 でもって、俺の悩みも晴れた。

 ――――流石はアコライトだ。これで飲み口が浄化された。


「では俺も」

 ありがたくいただこう。決して間接チューを望んでいたわけではない。これはあくまでむさいおっさん達のを浄化する為のものだったんだから。


 人生初の女の子との間接チューに心が躍っているとか、興奮しているとか、そんな気持ちは毛頭ないと思いたい。一欠片もないと思えるようになりたい。


 飲み口に俺の口が接近したところで――、ガシャンと手にした酒瓶がくだけ、俺の手から、画策と共に破片となって落ちていく……。

 足にかかる酒が酒気を放ち、俺の鼻孔に届く。それだけで酔っ払いそうなくらいに強い酒だった。


 足元では割れた酒瓶の側でコロコロ転がる楕円形。ドングリのような木の実のようだ。これが酒瓶を割った犯人か……。


「お、なんじゃこの重圧は」

 急な襲撃に構えつつも、近場の気配をギムロンが察知。

 教えてやろうギムロン。重圧の正体は、きっと俺の怒りだとおもう。

 大きく吸気を行ってからの――――、


「テメェェェェェェェェェェェェェェェェェエ!!!!」

 猿叫で鍛えた俺の声帯は、甲高い声を上げるのに十分なものだ。

 近場の三人は目を強く閉じて、耳を塞ぐほどだ。

 まさかの大型モンスターが使用するバインドボイスをラーニングか?

 まあそんなことはいい!

 

 木の実が飛んできた方向に目を向ける。

 全身が毛むくじゃらの奴が手に持つのはY字の木。

 俺の怒りの籠もった声に、毛むくじゃらが驚いて、飛び跳ねて逃げ出していく。


「なんちゅう声じゃ……」


「耳がキーンとします……」

 ギムロン、タチアナが目を白黒させていた。

 だって仕方ないだろう。可愛い女の子との間接チューを奪われたんだから!

 望んでいたわけではないとか思っていた俺の建前が、一瞬で崩壊した事は態度として表には出さない。

 攻撃を受けたという怒りだけを表面に出す。


「俺を狙撃してきたあの毛むくじゃらの二足歩行の犬みたいなのが――?」


「あ、はい、コボルトです。それより怪我は?」


「ない。追うぞ!」

 怒気を発しつつクラックリックに返せば、残った二人も首肯で応える。

 よし、俺に下心があったことは勘ぐられなかった。

 

 それ以上に、俺が狙撃されたことが問題として大きかった。気配を察知できなかったのはここにいる全員の失態。


「反省ですよ……」

 とくにクラックリックの落ち込みは激しい。

 周囲を見渡し、脅威は無いと言っていたのに、会頭である俺が狙撃された事で、警戒を怠ったと猛反である。

 多分だが、俺が酒を勧めたことが、隙を与えてしまった原因だと思われる。

 全てが終わってから全員で反省しようと伝え、次ぎに備えるように指示する。

 狙撃に失敗して逃げ出したとなれば、洞窟内から大多数で攻めてくる可能性があるはずだ。

 なので、俺たちは洞窟前の草むらでアンブッシュにて待機。


 ――――ふむ?


「出てこないな。これは洞窟内に俺たちを誘い込もうとする腹積もりかな?」


「それが一番、可能性が高いのう」

 と、ギムロン。


「ならば誘いに乗ってやろう。このままここにいても進展はないからな。俺を怒らせたことを後悔させてやる」

 俺の声は思いの外、熱がこもっていたようだ。

 

 皆の背筋が伸びたのが分かる。俺の圧が原因のようだ。

 王都にて奇跡の勝利をもたらした存在の怒りを買うことが、どういう結果を招くのか容易に理解したようだ。


 コボルトを不憫に思っているかもしれないが、正直なところ三人とも見当外れも甚だしい。

 純粋に間接チューが出来なかった怒りだけだから。俺のは。

 俺はそういう小さな男ですよ。




 ――――洞窟内に進入。

 ジメジメと湿ってはいるが、かび臭さはない。

 コツコツと、俺たちの足音は反響するが、高い音では響かない。


 天井の高さは二メートルほど。手を伸ばせば届く位置。

 

 足元は凹凸からなる岩肌の地面。

 滴る水滴が長い年月で研磨したのか、つるつるの岩肌だ。水気を帯びているから、油断していると足を取られてしまうな。

 壁にも触れてみる。洞窟全体が凹凸の岩肌だ。これが足音の残響を抑えている原因だろう。


「俺としては、洞窟に入った時点で、爆発音が奥から響いてくると思ってたんだけどな」

 中ではコクリコが馬鹿みたいに大立ち回りしていると思っていたから。

 

 俺たちは一日遅れで現着。もしかしたら、あらかた片付いているのかもしれないな。

 となると、さっきのやつは残党と考えるべきか。

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