PHASE-229【……見たことのない光景】

「皆さん一応、治療を」

 タチアナがファーストエイドを唱えてくれる。

 淡い緑光が燐光と共に体を包めば、


「――おお! 楽になった」

 怪我をしているわけではないが、体が軽くなる。

 疲労も癒やしてくれるようだな。

 俺に唱えれば、残りの二人にも唱える。

 クラックリックは立て続けの厚意に深く頭を下げて感謝している。

 あまりにも大げさな謝意なのでタチアナも困惑気味だ。

 仰々しくなるのは、山賊と行動していた後ろめたさからきているのかもな。


「しかし……」

 う~む……。

 タチアナの魔法に感謝する二人の光景を目にして思うのは、


「見ない光景だな……」

 独白。

 戦闘終了後に回復とか、初めて見るかもしれない。

 

 異世界に来てから今までの戦闘経験を順繰りに思い返してみるが――、ないよな? 多分……。

 それだけ圧勝だったわけだ。

 

 念のために亡骸となっているワームにプレイギアを向けて調べれば――、

 レベル21と表記された。


「21か……」

 ここでも独白。なんだろう。決して低くはないレベルのモンスター。

 だが高くもない。


 俺は現在レベル37。評価で算出されるレベルなので、格下に必ず勝てるとは限らないが、パーティーもいての戦闘なんだからな。すんなり勝てないといけないよな。

 本当なら一人でも倒せて当然なんだろうな……。


 ベルがコイツと戦ったならば、赤髪バージョンだと消し炭で瞬殺。

 現在の白髪バージョンだと、俺が瞳を閉じて、開く間に斬り屠っていただろうな。


 ゲッコーさんだと、グレポンをポンポンして終わり――か。

 やはり、ベルとゲッコーさんってチートだよな。


 ――――濁りが沈殿した水で顔をジャブジャブと洗い泥を落とす。


「ふい~」

 べっとりとした泥が落とせて気分がいい。

 雨も小雨になってきて、雲の合間から光芒もさしている。


 他のメンバーも一息。背中を伸ばしたり、ギムロンは革の水筒からガブガブと水を呷っている。

 元々、足元の水や雨の中の戦闘で体は濡れてはいたけども、自慢の灰色の髭は、水筒からこぼれ出る水で、戦闘時よりビシャビシャな状態だ。


「では会頭。行きましょう」


「だな」

 弦を新しい物に張り直して弓を担うクラックリックが、再び小舟を引き始める。

 その前を俺が抜刀した状態で歩む――――。





「ここか」

 町から出る時に、リュミットからもらった地図のおかげでスムーズに到着。

 丁寧に描かれた地図のおかげもあるが、この洞窟のことを知っているベテラン二人の道案内もあったから更に早く到着できたようだ。


「は~」

 ギムロンが大きく呼気を漏らす。

 表情は弛緩しきっていた。

 わからんわけではない。ようやく水から解放されるからな。とくにギムロンは膝まで水に浸かっていたからな。

 これだけ足を水に浸けながら歩けば、足腰は相当に鍛えられるだろう。


「ちょっと、ここでも休憩しようか」

 提案すれば三人とも鷹揚に頷いて賛成。


「疲れた状態で洞窟に入るのは危険ですからね」

 膝上まで上げていたローブの裾をほどいて、定位置に戻すタチアナ。good bye絶対領域。


「見張りなし」

 洞窟入り口をハンターであるクラックリックが猛禽のような目で見やり、安全の確保が出来れば柔軟を開始。

 水に浸かった状態だと上半身しか柔軟が出来なかったからな。

 俺も真似て屈伸したり、アキレス腱を伸ばす。


「ふ~」

 さっきから、は~、ふ~と、安堵の息を漏らすギムロンはここでも水分を口に運ぶ。

 しかし、先ほどの革の水筒と違って、町でも出してた酒瓶を雑嚢から取り出しての行為。

 嬉しそうに酒をグビグビと飲んでる。

 半眼を向ければ、


「いいんだよい。気付けじゃから」

 ちょっと飲んだだけでも酒気を漂わせる。それだけ度数が強い証拠だ。


「千鳥足で転んで、洞窟を転がっても知らないぞ」

 樽みたいな胴体だからよく転がりそうだ。


「洞窟でヘマなんかやらかすかい! こちとらドワーフじゃぞ。もし転けてそのまま転がってみろい。ワシがおっちんだ後も同族の笑い話にされちまうわ!」

 笑い話にならない事を祈っとくよ。


 ま、ギムロンの言うように、ことドワーフは、洞窟においてはスペシャリストってのは、俺のいた世界のファンタジーでもド定番だからな。

 他のドワーフが耳にしたら、俺の発言は侮辱とも取られたかもしれないな。ギムロンの竹を割ったような性格に救われたかもしれない。

 

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