PHASE-1149【頭が切れるタイプだね】

「成長しているのは理解したけど、あの連中を放っておいていいのかしらね」


「お前が逃げないなら二つの問題を同時に解決できるんだけどな」


「あらそう。じゃあ全力で逃げないとね」


「嫌なヤツだよ。でも問題ない。あの方々なら対応してくれる。なので全力でお前に集中する!」


「私としてはガグをモデルにしたゴーレムと戦ってほしかったのだけれど。命を奪う感覚を思い出してほしかったのに」

 コイツ! 本当にムカつくヤツだよ!

 最高に挑発が上手い。

 なれてきているとはいえ、戦いの中で命を奪う事に毎度毎度、悔恨の情を抱く俺にはぶっささる挑発だ。


「……ふぅぅぅぅ――」

 走る中で呼吸を整え、挑発を受けた感情を呼気と一緒に出すイメージをしつつ、


「リンファさんの無事と居場所。お前の正体や仲間。加えてメタモルエナジーの出所もしっかりと問い詰めてやるからな」

 今はやるべき事に集中する。


「それならまずは私を捕まえないとね。多分、貴男一人でやらないといけないわよ。壁上の第二陣も参加してアイアンゴーレムとミストウルフを相手にしているとなれば大きな音もするでしょう。そうなれば他に配置された守備隊もそちらに馳せ参じる事になるもの。私は手薄となった場所から悠々と出国させてもらうわね」

 コイツ……それも踏まえての行動だったのか。

 あえて防御壁付近で踏みとどまって防御壁の守備隊を集め、足止めの為のアイアンゴーレムと使役する百を超えるミストウルフを参加させる。

 それらとの戦闘となれば苛烈になるのは必至。

 偽者が言うように他の管轄の者達も最低限の守備を残して参加するのは間違いないだろう。

 正体がばれても慌てることなく余裕でいられたのは、実力だけでなく、素早く次の一手を考えられるだけの臨機応変な対応が出来る頭もあるからって事かな。

 偽者は前線で活躍する知将タイプってところか。


「考え込むのは自由だけど、それだと気概とは裏腹。私を捕らえられないわよ」


「ご指摘に感謝。やるべき事に集中って思った矢先に脱線してた。しっかりと反省してお前に全力を注ぐよ」

 とは返すけども、このまま行けば――、


「本当にそっちでいいのか?」

 背中に向けて問えば、


「だってここを通らないと国の外には出られないもの。視覚がきかなくなったとしても真っ直ぐ走り抜ければいいだけでしょ」

 簡単に言ってくれる。

 視界が制限された領域に加え、背の高い下生えに高くそびえる木々が障害物となる中を真っ直ぐと疾駆するなんて出来るかよ。


「じゃあお先に」


「ピクニック気分だな」

 霧の中へと偽者が入っていく。

 心の中で躊躇がわずかに芽生えたけども、逃がすわけにはいかないという思いが当然、勝る。

 絶対に捕まえるという使命感というか、意地によって霧の中に俺も突入――する前に、


「物は試し」

 と、ここでプレイギアを取り出して心拍センサーを召喚。

 B4サイズのタブレットを手にして霧へと向かって駆け出す――。


「コイツは本当にこの地で大活躍だな」

 闇のような霧へと呑み込まれるように突入し、直ぐさま左手に持ったタブレットに目を向ける。

 ディスプレイには円弧上に光が走り、俺の前方にしっかりと赤点を表示してくれる。

 霧の中で道しるべとなってくれる青白い輝きがなくてもコレがあれば問題ない。


「いだいっ!?」

 ――……まあ、問題はあるけども。

 視界制限のあるこの霧の中でもタブレットを見る程度なら問題はないが、数メートル先は見通せない。

 全力で走りつつディスプレイを見ていれば、どうしても障害物に当たってしまう。


「くそっ!」

 対して偽者を示す赤点との距離が徐々にだが離れているのが分かる。

 この視界を奪う不思議な霧の中で距離を広げてくるなんて大したもんだよ。

 でも、相手も視界を奪われているのは確か。霧へと突入する時に比べれば明らかに速度は落ちている。

 まあ、こっちの速度はそれ以上に落ちているから距離が広がってるわけだけど……。

 だがこのまましっかりと追走すれば――、


「逃がすことはない!」

 ――巨木が連なって出来た防御壁まで辿り着く。

 赤点の後を追えば、ご丁寧に防御壁には土で作られた踏み台がいくつも作られていた。

 踏み台の形状は片持ち階段のようであり、壁上まで続いていると考えられる。


「有り難く利用させてもらおう!」

 ラピッドによる跳躍で片持ち階段を上っていく。


「ハハハッ! この階段を残したままにした事を後悔させてやる!」

 一気に壁上という名の樹上に立てば、すでにここからおりたようで、赤点は先を進んでいた。

 で、霧の中をすんなりと進んでいることから、偽者の言うようにこの辺りの防御壁の見張りは手薄になっているようだ。

 その証拠にディスプレイの反応は赤点が一つだけで、味方として表示される青点がない。

 これまた偽者が言うように、俺一人での追走なわけだ。

 だとしても――、


「逃がすかよ!」

 ここでもご丁寧に片持ち階段が下まで続いていたので、それを利用して防御壁をおりていく。

 流石に見通しの悪い霧の中で無策に飛び降りるなんて選択はしなかったようだな。

 慎重な移動法はありがたい。

 

 お陰で――――霧が晴れたところで追いつくことが出来たからな。


「どうした? 肩で息をしているみたいだけど」


「ふぅ……っぅぅぅ……流石にこの状態だと体力が続かないわね……」

 防御壁まで走り、壁上まで上がってすぐにおりて再び霧の中を走り、視界不良の領域から抜け出すまでの疾駆に体力が尽きたご様子。


「さあ、大人しく縛に就くがいい」


「なんとも……余裕じゃないの」


「えっと、自分の今の姿を理解してる?」


「ええ、リンファ・ファロンドの姿ってことはね……」


「違うそうじゃない。バテバテじゃねえか」


「そうね……。本当に体力がない体よ。まあ、並の者よりはあるのでしょうけど。中位魔法に上位魔法を使用できるだけの実力はあるようだし」


「なんだ? まるでリンファさんの実力までしか発揮できない。本来の力はもっとあるといった感じだな」


「ええ」

 息を整えて姿勢を正す姿を見せられれば、


「……そうか」

 としか返せない。


「あら、素直に受け取るのね」


「俺も場数を踏んでいるからな」


「…………」

 え? なんで沈黙?

 うつむいてこちらと視線を合わせてこない。

 と、思っていた矢先に、


「本当にそうね!」


「うっ……」

 あまりの目力と圧に俺は一歩後退する。


「勇者が後退り。後一歩下がれば勇者という称号を返上しないといけないわよ」


「くっ……」

 ベルみたいな事を言いやがる。

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