PHASE-506【マナだけならチート】

「は、話は聞いているよ。魔王だよね?」


「そういう認識ではなくてですね…………」

 さらに寂しい顔になってしまう。

 このままではタナー段階Ⅰを愛してやまない秘密結社に、本当に消されてしまう可能性が出て来る。

 何よりも、周囲の女性陣が俺に対して冷ややかな視線を向けてきている。

 薄情な男と思われている。童貞なのに!


「トール様。本当にお忘れですか」

 やめてくれ。悲しい声にならないでくれ。

 分かっているんだよ、なんか自分でも引っかかってんのは。

 特に声に引っかかりが……。

 ――…………そう声だ。やっぱり声だ。俺はこの声を知っている。

 そう、聞き覚えが――――。


「……!?――――!」

 頭の中で感嘆符と疑問符がぶつかり合えば、感嘆符が疑問符をたたき壊す。

 そして、フラッシュバックするかのように、記憶が鮮明になってきた。

 甦ってくる記憶と共に、俺の口も開く。


「ああ!」

 記憶を手繰り寄せての開口一番は大音声だった。

 突然の俺の大音声に、向かい合っている魔王がビクリと肩を震わせる。

 愛らしい動作を目にした後に、俺は継いだ。


「思い出した! マナの声だ! 俺がスプリームフォールを使用出来るようになったときの声だ!」


「マナではありませんが、そうです。お久しぶりですトール様」

 思い出してもらったのが嬉しかったようで、笑みを湛える。

 見た目は少女だけど、笑みには大人のような余裕さも混ざっている。

 やはり実年齢は、外見とはかなりかけ離れていると考えていいようだな。

 ――――ともかくだ。


「火龍の時はありがとう。君が助力してくれたんだね」


「いえ、あの時はトール様の純粋な心に触れることが出来たから可能だったのです」

 心に触れるとか言われると、スゲー恥ずかしいんですけど。


「まだまだネイコスのコントロールは苦手のようですが、鍛錬次第で上達するでしょう」


「ところで、なんで俺とコンタクトをとったの? というか、なんで出来るの?」


「全てはマナが導いてくれます」

 フォースの導きみたいに言うね。

 コトネさんも言っていたが、魔王はマナのような存在とのことだったな。

 大気中に存在するマナを介して、俺たちの事を眺めていたらしい。

 囚われの身でもそのような事が可能ってのが凄い。

 周囲のマナを集めることで、近くにいる者達がネイコスやピリアを使用出来ないようにする事も可能だと言っていたしな。

 ショゴスにもマナコントロールのノウハウを授けたんだもんな。

 マナだけで見るなら、この魔王は神のような存在とも言えるな。

  

 と、なればですよ――。


「あのさ。俺が凄い魔法を使用出来るように、ちゃっちゃと……なんでもないです……」

 俺の怠惰な考えは、直ぐさま水泡に帰す。

 近道は駄目だとばかりに、後ろから凄い勢いで俺を睨んでくる白髪の美人様がいたので、自分で努力、鍛錬して頑張りたいと心から誓いました。

 そんなやり取りを見ていた魔王が、クスリと鈴を転がすような声で笑う。


「いつもそうやって楽しそうにしていますよね」


「いや、これを楽しいと言うのはどうかと思うんだけど」

 毎度、調子に乗ればベルからは蹴られたりするからな。

 最近は褒めてくれる回数が増えて、蹴られるってのは少なくなってきたけども。

 というより、いつもって言ったよね。


「マナを介して俺たちの事をずっと見てたの?」


「はい」

 屈託のない微笑みで返事をするけどもさ。


「困るな~。プライベートを見てたりしてたの?」


「いえ、その様な事は。トール様たちがご活躍している所だけを拝見しておりました」

 便利だなマナ。

 遠隔透視とか情報を得るためには最高じゃないか。


「もちろん魔力妨害の障壁を展開されてしまえば、見る事は出来ませんけど」

 この世界、そんなんがあるのね。

 むしろ俺たちはオープンすぎるんだね。

 危険すぎるな。俺たちの行動を現魔王なんかに見られていたら、いろんな所で攻撃を受ける可能性があるじゃないか。

 ウイルス対策ソフトも使用しないで、インターネットを使用しているような用心の無さだな。

 でも、いままで俺たちが行動している時に、魔王軍からの計画的な組織だった攻撃は無かったな。


 突発的な遭遇は何度かあるけど。

 王都を出て始めて遠出をした時に、オークに追われたな~。

 その後のお腹ピーピーの方が辛かったし、更にその後のコクリコに股間を殴られたのはもっと辛かったな……。

 

 最近の遭遇だと、クラーケンの幼体とマーマンフラップとの戦闘だな。

 この魔大陸に上陸した後は、ガルム氏たちからの攻撃と、勝手に戦端を開いたコクリコが原因のマンティコア戦。

 ガッツリと魔王軍に先回りをされて攻撃を受けるってのは、経験上ないな。


「トール様たちはお強いですが、外部からの目が注がれそうでしたので、勝手で申し訳ありませんが、私が魔力妨害の障壁を――」


「あ、そうなの! それはありがとう。そんなこと知らなかったからさ。助かるよ」

 なので申し訳なさそうな顔をしないでほしいね。

 そうか、魔王が俺たちの為に影からサポートしてくれてたんだな。

 

 マナを介して妨害しているだけだから、大した事はしていないと言う。

 大々的に行うと、現魔王サイドに感知される恐れがあるらしい。

 

 だとしても、俺たちが安心してハンヴィーで街道や草原を移動したり、ミズーリを使用して安全な航海が出来たのは、前魔王のおかげだ。

 

 どうりでリスクが生じるはずの移動時に、魔王軍からの攻撃を受けるという機会が少なかったわけだ。

 本当に感謝しかないよ。前魔王。

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