PHASE-505【初めまし――――て?】

 ――――台座こみで高さにして十メートル以上はあるだろう金魚鉢の親玉。

 青白い光に支配され、時折、赤に黄色、緑に青といった様々な燐光が蛍のように金魚鉢の中を漂っている。


 さっきまで戦闘中だったから、そこまで意識がいっていなかったけど、時間に余裕があるなら、ずっと見ていられる神々しさだ。

 中は聖域という言葉が似つかわしい。

 

 ――――眺めていれば、鉢状の中央に動きが見えた。

 うっすらとだが影が見える。

 それは小さな人影だった。

 

 ――――――――おんな――――の子?


「なあ、あの鉢の中に女の子の姿が見えないか?」

 長い髪をした女の子のシルエットが見えるような気がするので、全員に問うてみれば、「ああ」とベルが返し。「ええ」とコクリコが返してくれる。

 ゲッコーさんとシャルナは頷きだ。

 俺だけでなく、皆もしっかりと女の子と認識している。

 そんな俺たちを余所に、ランシェルは金魚鉢へと近づき、片膝をついて頭を下げる。

 未だ床は踝のところまで水に浸かっており、メイド服やニーソックスは、姿勢が原因で濡れてしまっているが、お構いなしといったご様子。

 この流れからして……。


「この中に入っているのって、前魔王なのか?」


「はい。そうです」

 肯定だ。


「魔王様」

 瞳を潤ませたランシェルの呼びかけに、シルエットだった姿がしっかりと俺達の前に姿を見せる――――。


「あら、ほんにやーらしか」


「「「「…………は?」」」」

 おっと、つい方言が出ちまった……。

 出ちまうのも仕方ないか。

 なんだこの可愛い子は……。

 膝上まで伸びた透き通るような水色の髪。ベルやシャルナに負けず劣らずの雪肌。

 肌の色を強調するために存在するとばかりに、肌よりもはっきりとした白色からなるワンピース。

 染み一つないワンピース。

 夏場のスポーツドリンクのCMが、すっごく似合いそうな美少女だ。


「確か――――、コトネの」


「はい。ランシェル・ルールーと申します」

 床に向けていた顔をしっかりと魔王に向けて述べている。

 下半身が濡れた状態が申し訳ないのか、魔王はランシェルに立つように促す。

 最初は恐れ多いと断っていたが、三度目には魔王に従っていた。

 だがしかし、ランシェルと会話をする魔王なんだけど……、なんか初めてって感じがしないよな。

 もちろん見たこともない少女だけども。

 なんだろうか、この違和感。


「危険な道のりでしたでしょう。トール様」


「!?」

 なんだ。本当になんか引っかかる。

 声――――か?

 頭の中をフル回転させるけども、中々に結びつかないな。


「どうしたトール。まさか魔王と知り合いなのか?」


「いや、知らない……」

 質問してきたベルに対して、自信なく小声で返答する俺。

 しかし可愛らしい美少女だ。背格好からして、コクリコに近い年頃かな。

 魔王だし、実際はかなり年上だとは思うけど。

 コクリコも美少女ではあるが、天真爛漫すぎるからな。この子はおしとやかだ。

 こんな子が魔大陸で長をしていたとは信じられない。魔王の概念が崩れるね。

 

 魔王といえば、恐ろしい姿をしていて、見ただけで体が恐怖で震えるイメージが真っ先に思い浮かぶんだけどな。

 例えば――、

 我が腕の中で息絶えるがいい。って言う魔王。

 とっても愛らしい羊を召喚する、大墳墓の骸骨頭の主だったりと、恐怖を具現化させたような存在が魔王だよな。

 目の前の子は、その先入観を見事に壊してくれたよ。

 可愛いとしか言いようがない。


「いつかは地龍パルメニデス様をお救いするために、この地へと来るとは考えておりましたが、こうも早いとは、私の想像を遙かに超える御方のようですね」

 なんか高評価だな。笑みがとっても可愛いねと返事をしたいが、俺の事を知っているような口ぶりはなんなの?

 やっぱり俺は、この子を知っていなければならないのだろうか。


「……もしや、覚えていらっしゃいませんか? 私のことを……」

 悲しい顔をしないでいただきたい。俺が悪い男になるから。

 女遊びをしているような男みたいなポジションではないから。なんたって童貞だから。

 なので、今にも泣きそうな顔になるのはやめてほしい。

 幼子を愛で、【尊い】をスローガンにする紳士協会を敵に回すのは嫌なんです……。

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