PHASE-504【受け継がれた意志は怨嗟に変わる】

 姿に魅入ってしまうが、今一度――、


「デミタス――だよな?」


「だからそうだと言っている」

 二度の肯定発言。

 目の前の美女は野狐のデミタス。

 姿が違いすぎるけども、声は確かにデミタスだ。

 何より、デミタス本人であると理解できるのは瞳だろう……。

 語りかけた俺に対して向けてくる瞳は、狐の時と同様に、恨みに染まった赤い瞳だったからな。

 姿が変わっても俺に対する怨嗟は変わらない。いや――、力を得たことで、ますます負の力が増していると考えるべきか。 


「野狐が力を得て仙狐となった姿です」

 ランシェルが横に立ち、警戒するように身構える。

 かなりやっかいな展開といったところか。

 ようは元々のデミタスの力に、デスベアラーの力がそのまま上乗せしたわけだからな。

 とんでもない膂力が備わった魔術師と考えるべきか。

 先ほどまで戦っていたデスベアラーを凌ぐ強さを有している可能性だってある。

 でも外見からは剛力のイメージはわかない。

 白皙の肌に、金色のロングヘアー。

 美しく艶やかな金の髪を台無しにしてしまう赤黒いベレー帽。

 瓜実顔の目の周囲や頬には、隈取のようでもあり、トライバルデザインのようなものが朱色で描かれている。

 ――描かれているという表現が正しいのかは分からない。

 あれは入れ墨なのか、化粧の類いなのか分からないのだから。

 美貌だけに目が引かれそうになるが、同様に引かれる箇所がある。

 尻尾だ。

 元々、臀部から生えていた尻尾は一本だったけど、それが四本へと増えていた。

 尾が増えれば増えるほど、強くなるって事なんだろうか。

 

 最終的には九尾になったりしないよ――――な?


「今はまだこの力をコントロールするまでの実力を有していない。十全となった時、勇者よ――――貴様を殺してやる!」

 憎悪をこれでもかと含んだ怨、怨とした発言は、体の芯まで冷たさを届け、肌は自然と粟立つ。


「この先は地龍だ。死ぬなよ。私が殺すのだから」

 好敵手みたいな台詞を述べるけど、声音は酷薄そのもの。

 美人には不釣り合いな、口が裂けたかのような三日月状の笑みを俺へと見せて、野狐あらため、仙狐となったデミタスは霧状になって、俺たちの前から姿を消す。

 姿を消す前に、水たまりに沈んでいたデスベアラーの遺品となった大剣、フランベルジュを回収。

 軽々と片手で持ち上げたあたり、しっかりとデスベアラーの力が宿っているというのは理解できた。


 ――……。


 一時の沈黙。

 重々しいものだ。

 俺に向けられた殺意が今までに経験したことのないものだった……。

 これが戦いの負の連鎖。

 誰かの命を奪えば、残った者から強い憎しみを受けることになる。

 この世界に来て命を奪うようになってから、明確に恨まれる対象になったのはこれで二度目か。

 ホブゴブリンのバロニアの子供の命を奪った時の恨み。

 敬愛する指揮官を奪った事での恨み。

 ――……ズンッと、重いものが体にのしかかってくる感じだ……。

 これからも命を奪う度に、人々からは英雄視されたりするんだろうけど、敵対者達からは、恨まれていくんだな……。


「何とも濃厚な殺意を向けてきたな。デミタスだけに」


「この状況下で寒いギャグが言える胆力が欲しいですよ。ゲッコーさん」


「寒いとか……。酷いじゃないか……」

 わざと落ち込む姿を見せて、俺の気分を和らげてくれようとしている

 こういう時の出来る大人の対応は、多感な若者にとってはありがたい。

 大きく深呼吸。

 ――――全てを受け入れよう。

 俺の起こした行動と決断でどういう結果が俺に訪れるのか、幸福も災いも全てを受け入れていかないといけない。


「んじゃま。行きますかね」


「そうだな」


「さっさとすませようか」


「我が力を存分に発揮しましょう」

 と、ベル、シャルナ、コクリコの女性陣が応えてくれる中。


「…………ああ……」

 と、力なく応えるのはゲッコーさん。

 ――……いやいや、本当に落ち込んでたんかい!

 なんて繊細なおじさんなんでしょう。

 まあいいや。さっさと先を急ごうじゃないか。ここは敵中なんだし。一つ一つを確実にこなしてスピーディーに解決だ。


「お待ちを」


「どうした、ランシェル?」

 先を進もうとする俺たちの歩みを止めて、全員の視線が自分に集まるのを待ってから、ランシェルは食指をある方向に向ける。

 白くて細い指がさすのは――――、この部屋の最奥の台座に鎮座する、巨大な金魚鉢のような球体。


「重要な案件です」


「重要?」

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