PHASE-52【ホブゴブリン】

「ふふふ」

 顎を拇指と食指でなぞりながら、悠々と佇む先生。すでに事が上手く運んでいるご様子。


「気分いいみたいですね。先生」

 ゲッコーさんに小声で話せば、


「そりゃそうだろう。敵の間者を利用しての流言飛語が、綺麗に決まったんだ」

 俺としては、何が綺麗に決まったのかを知りたいです。


「分からないか」

 小声をバッチリと耳にしていたのか、ベルが眼前に見えてきた敵の陣形を指差す。

 ――……全くもってさっぱりと分からない。


「よく見ろ。以前の先遣隊とは違うぞ」

 そりゃ数が圧倒的に違うだろう。まあ、そんなことではないんだろうけど。何が違う? 目をこらして以前との違いを探す。


「――――あ! 分かった! 攻城兵器がない」


「そうだ」

 ベルが大きく首肯する。


「大攻勢に打って出ると伝えましたからね~。地形調査などを行い、野戦使用に重きをおき、攻城戦から野戦で勝利するために、再調整で進行を遅らせたみたいですが、無駄な労力でしたね~」

 いたずらじみた先生の声音。

 攻城兵器も使用せずに攻城戦を行わなければならないのは、攻め手からすると、損耗が多くなる。

 攻める城壁も今までのボロさはない。

 短い時間だったけど、先生が見出した人材達の活躍で、みっともなかった穴は、拙速だが塞がれた。

 こちらは士気も高い。相手は大軍だけど、兵が逃げ腰じゃないのがいい。


「注意すべきは、トロールという大型の怪物が、破城槌の代わりとなりそうですな。後はヒッポグリフの上空からの侵入」


「集中してトロールと鳥もどきを狙いますよ。的はでかい」

 と、ここでギルドの前線のまとめ役を先生に任されたカイルが、掌に拳を当てつつ意気揚々と返答。

 下で待機する仲間たちを鼓舞しつつ、タレットや城壁の狭間で準備する弓兵に、走りながら指示を出す。

 流石は先生が真っ先に目を向けた人物だ。頼れる。


「本来の一騎当千とは彼のような人物なんですよ」

 走り回るカイルを目で追いながら先生が口を開く。

 一人で千人に値する者とは、鼓舞し、劣勢にある味方を励まし、引き連れて勝利を得る。逆境でこそ奮い立ち、奮い立たせる事が出来る者が、一騎当千と呼ばれる勇将だそうだ。


「ま、こちらには紛う方なき無双の豪傑たちがおられますがね」

 ですね。その噂が鼓舞の根幹になってるからね。


「敵に動きあり」

 双眼鏡で敵陣を窺うゲッコーさん。

 その声に俺たちも敵陣を凝視する。

 中央からゆっくりと陣形が開いていく。


「ほお、勇壮なことだ」

 開かれた陣形から、馬に跨がったのがこちらに近づいてくる。勇敢な行動にベルが賞賛している。


「後方で、数体が旗を掲げて付いてきてますな。三爪痕トライスカーズとはちがう、おそらくはこの軍の牙門旗でしょう」

 先生がベルに続く。見れば髑髏に角が生えたようなデザインの旗だ。

 牙門旗。つまりは、今、こちらに接近してきているのは敵軍の大将か。

 ――……でけぇ……。

 迫力のある存在だ。

 壁上から見下ろしているのに、でかいと理解できる。

 恰好はゴブリンに似ているけど、身長がカイルよりある。二メートルは容易く超えている。

 乗ってる馬も、ばんえい競馬に使用される農耕馬みたいなでかさ。頭には、山羊のように湾曲した大きな角が二本ある。


「バイコーンじゃないか?」


「バイコーン?」

 俺よりもゲッコーさんはファンタジーの生き物に詳しいようだ。

 二角獣バイコーン。一角獣ユニコーンが純潔を司るなら、バイコーンは不純を司る幻獣だそうだ。


「ここの指揮官は」

 野太く迫力のある声を発したのは、バイコーンに乗るゴブリン。

 ゲッコーさんは、あいつをホブゴブリンだと推測している。


「主。呼んでおります」

 おう、俺か。そうか、俺か……。


「ここにいるぞ!」


「ほう、これは何とも、童が出てきた」

 童って言われる年齢じゃねえよ。

 暗い緑色の肌である、丸太のような腕はまる出し。胴体部分は鋼鉄製の鎧。牛のような角が側面についた兜。

 馬の横腹部分にはハルバートが備わっている。あれがあのデカいゴブリンの得物か。

 馬もデカいし、兜のデザインも相まって、世紀末覇者みたいだな。うぬとか言い出しそうだな。

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