PHASE-968【愛らしいのか!?】
――――朝食を終えて一時間ほどゆったり。
屋敷での日課は、木刀を手にして素振りなんかをこなし、軽く汗をかき自室に戻る。
正直、冒険者として東奔西走してるほうが性に合ってたな……。
荀攸さんがいるからこっち方面は楽が出来ると思ったが、そう甘くはなかった……。
こっち方面――つまりは各地からの報告や陳状。
それに対し、最終的な決定を下さないといけないのが俺の仕事……。
基本は荀攸さんと爺様が目を通しているので、俺が詳しく羊皮紙に目を通さなくても問題はないわけだが、ざっとだけど目を通しておくように心がけている。
そうしないと質疑応答なんかが発生した場合、公爵として適切に対応できなければ俺担当のスパルタ二人から怒られる事になるからな。
「なによりそれ以上に……」
自室の執務室で嘆息まじりの独白を零す。
「この量に押印していくのがしんどいんだよ!」
今度は怒りも混ぜての独白……。
堆く羊皮紙を積み上げるんじゃないよ。毎度おもうがよくこんなに積み上げられるな。
漫画やアニメでよくあるやつやん……。
まさか現実で経験するなんて思いもよらなかったよ……。
積んだ人、ジェンガの才能あるんじゃないの。
――――ペタン、ドン。ペタン、ドン――――。
羊皮紙に目を通し、朱肉につけては押し、つけては押し……。同じことの繰り返しで嫌になっちゃうよ……。
木刀の素振りとは違ってまったく爽快感がない……。
救いがあるとすれば押印だけをして、サインなんかの筆記をしなくていい事くらいか。
ベルトコンベアの前で黙々と同じ仕事をこなす方々を心から尊敬します。
俺のような落ち着きのない人間にはこういうのは無理です……。
ダーナ銅貨を六枚――約六百円の時給を払うから、誰か代わりにこなしてくれないかな……。
「このままだったら俺は腱鞘炎になってしまうよ。いいの? 勇者が腱鞘炎て……」
「何を一人で愚痴を零している」
「違うぞベル。お前が入ってきてたのが分かったら言ったんだぞ。決して独白じゃないぞ」
「情けない。その程度で腱鞘炎になるのならば、日頃、鍛錬を怠っている証拠だ。私が鍛えてやろうか?」
「結構です。忙しいので。それでノックもせずに入室した理由は?」
「私もそこに積まれた陳状などに目を通したのだがな――」
――――継承により新公爵となって刷新をはかったわけだが、暫定公爵とか名乗って馬鹿をしていた馬鹿が原因で、未だに領民からは畏怖の対象になっているのが公爵家の実情。
諸侯は少なからず協力的ではあるけど、それらを支える領民から怖がられたままでは困る。
俺としては馬鹿をしばき倒したわけだから、そのまま新公爵は自分たちにとって素晴らしい人物だ。と、なれば良かったんだけどな。
帰途に就く王様達には歓声を上げていたが、あれは馬鹿を倒したのが王様ってイメージが民衆に植え付けられたからだろう。
王様を立てて大陸を一つに纏めるという観点では成功はしている。
でも王様は好感度アップだけど、現状、公爵への好感度はゼロ値ってところだろう。
馬鹿がとんでもないマイナス値まで下げていたのをゼロにまで戻している事は凄いことだけど。
今までのこの領内でのいざこざを考えると、そう簡単に心を開くってわけにはいかないのも事実。
奴隷制の撤廃には好感触だったが、反面また何かやるのでは? と、身構える領民から信頼を得るには努力と時間を要する。
信頼してもらう為によい領主として励まないといけない。
「もっと開けた貴族の印象を与えるのが大事なんだろうな」
オープンにして親近感をわかせるのが一番いいかもしれん。
公爵だけど、そもそも俺は庶民だからな。庶民の心のほうが分かるからね。
庶民な俺を見せる事で好感度アップってのを狙いたい。
「よい着眼点だ」
「だろ」
押印しつつ応える。
無駄に広くて空虚な執務室も、ベルがいるだけで一気に華やぐから押印作業も捗るというもの。
「トールも分かっているな。変化は大事だということに」
「お、おう」
なんだろうか。えらく詰め寄ってくるね。
机に手を置いて前傾姿勢で俺へと接近。けしからんおっぱいも素晴らしく主張してくる。
どうしたの。二人っきりだよ。もしかして俺との関係を深めようとか思っているの?
――……なんて甘い考えは持たない。
「愛らしいことはいい事だ」
「はいぃ!?」
変な声を上げちまったぜ。
ベルが微笑みながら、真っ直ぐな目で俺を見てそう言ってくるからね。変な声も上げますよ。
なに? 俺に愛らしさを抱いているの?
甘い考えなんて持たないと思っていたけど、持っていいの!
エメラルドグリーンの美しい瞳に見つめられるだけで、鼓動が早鐘を打つんだけど。
まじか!? これはありなのか。俺の事を愛らしいと思っているのか?
思っていいのか!
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