PHASE-969【ポンコツ】
「い、いい事とは」
固唾を呑みつつ、喉にへばりついた声を何とか出して返答。
「新公爵になったのだ。色々と変えてもいいだろうと思ってな」
――ん? 変えるって何? 愛らしいとどういった関係があるんだ?
どうやら俺の思っているような甘くて素敵なルートとは違うような気がするね……。
いや、本当は分かっていたよ。分かっていたけども、わずかな希望に縋りたいのが童貞の特徴なんだ……。
わずかでも甘い考えを抱き、それが違った結果、
「で、変えるとは……?」
続きをどうぞとばかりに手を向ける。
自分でも分かるくらいに弱々しい手の向け方だった……。
「旗を――変えないか」
本当に思っている事とは違ったな……。
というか旗? なんで旗? 旗ってなんだよ?
「……旗ってなんだよ?」
思っていたままの事を口に出す。
「公爵旗だ」
俺の背後を指さす。
肩越しに執務室の壁を見る。広げられて飾られる公爵旗が目に入ってくる。
――…………なんか分かった気がする……。
愛らしいという発言に、公爵旗の大熊紋。つまりは熊……。
「えっと……あれか? 真紅の大熊の部分を……白い子グマに変えたいとか思っているのか?」
「思っている!」
なに胸を強調させてまで言い切ってるんですかね……。
愛玩が理由になれば途端にポンコツモードになる完璧超人の中佐殿……。
「いや駄目に決まってるだろ! これは公爵家の長い歴史の中での家紋でもあるんだぞ。それを俺の代で勝手に変えたら怒られるぞ」
「誰が怒るのだ。トールこそその公爵家の現当主。変革を望めば可能だろう」
もし可能だとしてもなんでゴロ太を公爵旗にしないといけないんだよ。
「旗には威厳ってのも必要だろう」
「威厳というのは旗に宿るのではない。それを振る者に宿るのだ」
――…………!? いかんいかん! ベルの発言に感化して首を縦に振るところだった。
「でもな、何よりも先代である爺様にも相談しないとな」
そもそも俺は公爵家とは血のつながりなんてないしな。
爺様が俺を勝手に公爵にしたわけだし。
一族の皆さんは改易を回避できたから、むしろ俺に感謝しているとは言っていたけども、流石に公爵家の顔でもある公爵旗の紋を変えるのはよろしくないだろう。
とはいえ、ベル相手に拒否とかするとどうなるか分かったもんじゃない。特にゴロ太関係になると、人格が変わるくらいにポンコツになるからな。
拒否なんてした日には……【では、決闘で決めよう】とか本気で言いそうだからな。
それだけは絶対に回避したいところ。
「何を考え込んでいる。上に立つ者として即決は時として重要だぞ」
即決できるような内容ではないし、そもそも問題にも取り上げたくないほどにくだらない案件だからな。
もちろんそんな発言で返答した日には、俺は故人になるだろうが……。
「だからね。爺様にも……」
「それなら問題ない」
「……へ? なんで」
疑問を口にすれば、時宜を見計らったようにノック音。
ベルが入室の許可を――と目で伝えてくるので許可すれば、爺様を先頭に、執事のスティーブンスと屋敷のメイドさん達が数人、入室してくる。
爺様の腕には折りたたまれた黄緑の布。
その色で嫌な予感しかしない……。
「ベル。さっき問題ないって言ったけど……」
「ああ、話はすませている。すませているからここへと最終許可をもらいに来たのだ」
おお! 外堀をしっかりと埋めてから本丸を攻めるスタイル――嫌いじゃないよ。
しっかりと攻めるためには万全を期すのは当然だもんね。
感心はするよ。それ以上に呆れてるけど。
「……爺様」
頭を抱えて、脱力を帯びた呆れ声しか出せねえよ……・。
「我が孫よ。美姫がどうしてもと言うのでな。我が愚息によるこれまでの行いで、公爵家へと向けられる領民たちからの失望と畏怖。これらからの脱却を目指すためには美姫の考えはいい案だと思うのだが」
――……出たよ……。
この爺様の甘いところが出たよ……。
先王の時代は王弟として有能さんみたいだったし、現状でもミルド領にて荀攸さんと共に俺に代わって政務に携わってくれているが、俺のパーティー=孫のような存在という思考になれば、途端に身内に甘々になる駄目っぷりを発揮。
揃いも揃ってポンコツモードじゃねえか…………。
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