PHASE-967【休暇は大事だよね】

「さて諸君、傾聴――願います!」

 ここで荀攸さんの大音声。

 力強くはあっても高圧的ではなく、穏やかで聞き取りやすい声だ。

 

 見送った後の大通りでは、王様達に歓声を上げる民衆たちを除き、荀攸さんのその声に合わせてこちらにしっかりと顔を向けてくる兵士たち。

 動きが見事に揃っていた。

 練度の高さがその所作だけでも分かるというもの。

 カリオネルの馬鹿に蔑ろにされながらも職業軍人である彼らは、日々、鍛錬に励んでいたという事だろう。

 

「王をはじめ、忠臣の皆様が王都への帰路へと就きました。この公都にいる間、何事もなく過ごせたのも貴方方の活躍があってのもの」

 征北に近衛をはじめとした兵達に労いの言葉を荀攸さんはかけると――、


「ここは北国。寒さが身にしみる地です。王侯貴族の守護についていた皆さんにはしっかりと休暇を与えたいと思います」

 と、継ぐ。


「荀攸様」


「なんでしょう。あと様などつけなくてもよいですよ。ヨハン殿」


「いえ、公爵様の従者である御方に対し不遜な呼び方は出来ませんので」

 征北の団長であるヨハンが低姿勢で語りかけてくる。

 

 王侯貴族の守護は確かにしていたけども、その守護の殆どを王兵の者たちが行っており、自分たちはそこまでの疲労を感じるまでには至っていないので、休暇よりも公爵様の守護につきたいと言ってくれる。

 凄く嬉しくなる忠誠ある発言に、俺の心がじんわりと温かくなる。周囲に人がいなかったなら感涙していたことだろう。


「無論、最低限の護衛は必要ですがそこまで大仰にしなくてもよいです。征北は精鋭。いつ何時、何が起こるか分からないからこそ休める時には休んでいただきたい」


「分かりました!」

 あら、すんなりと受け入れるんだな。

 何回か断りを入れてから受け入れるかと思えば、二つ返事だったよ。


「お前たち、荀攸様のお言葉に甘えて休暇を頂こう!」

 なんだかんだで嬉しいのか、声を張ってるねヨハン。そこまで大きな声で言わなくてもいいんじゃないの。それほどまでに休暇が嬉しかったのかな?

 俺に対する忠誠発言が凄く嬉しかったんだけどな……。

 その振り幅の大きさに俺は寂しさを覚えるよ……。

 更にそれに拍車をかけるように、


「「「「イヤッホー!!!!」」」」

 ヨハンに続いて騎士団と兵士たちが喜びの声を上げれば、歓呼は波紋のように広がり、近衛を除く兵全体へと伝播する。

 俺って人徳がないのかな……。

 まだ民衆もいる中で皆して大声で喜んじゃってさ……。

 ギヤマンハートの俺は感涙とは違う涙を流しそうになったよ……。

 他の兵達と対照的な近衛兵たちには、しっかりと俺の護衛をお願いしたい。


「近衛の皆さんも最小限だけ残り、休みを堪能してください」

 周囲が喜びの声を上げる中でも口を一文字にしていた近衛兵たちだったが、荀攸さんのこの発言を耳にすれば、歓呼に更に歓呼が加わることになった……。


 何だよ。公爵様を守る為にお断りします的な一言があっても良かったんだぞ……。

 

 ――――。

 

 王様達が公都セントラルを去ってから一日が経過。

 自室から出ればスティーブンスが待機。

 朝食をこちらまで運ぶかと聞いてきたので、それを断って広間へ赴く。


 その最中。


「ほうほう」


「どうされました?」

 背後からの質問に肩越しにてスティーブンスを見つつ、


「いや、本当に近衛の数が減ったなと思ってね」


「よほどの戦い好きか愚か者でないかぎり、積雪に悩まされるこの時期に戦を起こそうとする者などおりません。この期間を利用し、兵の方々にはしっかりと休んでもらい、英気を養ってもらうのが一番でしょう。きたる戦いに備えないといけませんからな」


「まあ、そうだね……」


「おや、御加減でも?」


「いや大丈夫」

 ただ通路に立つ近衛の数が本当に少ないから寂しくてね。昨日の喜びようを目にしているから余計に寂しいのさ。

 スティーブンスの話だと、屋敷の守りは普段からすれば三分の一ほどの数になっているという。

 昨日の夕方くらいから屋敷を守る三分の二の近衛をはじめ、公都の兵達は市街へと出ているそうで、食事や娯楽を大いに楽しんでいるという。


 官舎では朝帰りの者たちも多いとの事で、すっごく羨ましくなった俺がいた。

 間違いなく朝帰り勢はおピンクなお店でしっかりと楽しんだんだろうな。

 王都と違って、こっちにはしっかりとそういった店もあるもんな。

 羽を伸ばして、鼻の下も伸ばしたんだろうな。


 後学のためにも俺も是非に行ってみたいもんだよ――。

 ――……まあ最強風紀委員長のお怒りに触れたくないから行けないんだけどさ……。

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