PHASE-388【流行病なのかな?】

「こんにちは」

 第三街人は若い女性。

 勇気を出して、女性に話しかける俺。

 甘い焼き菓子を販売しているお店の人だ。お店の人だから話しかけることも出来た。

 街中を歩いている知らない女性となると、まだまだ俺にはハードルが高い。


「いらっしゃいませ」

 頭に手ぬぐいを巻いている可愛らしい女性店員さんは、破顔で俺たちを接客してくれる。


「よかった」


「はい?」

 元気な挨拶が返ってきたことに安堵してしまう。

 ――――クッキーをもらえば、コクリコから即、掻っ攫われた。

 奪い返そうとするが、いかんせんまだ足に力が入らないから、追いかけるだけの気力がわかない。

 

 怒る俺に対して、塀に登り逃げ回る姿は、小猿のようだった。

 俊敏なコクリコの姿に、焼き菓子店のお姉さんは笑いをこぼす。

 最初の二人とはまったく違った。


「元気ですね」

 コクリコを追跡することもなく、お姉さんに問いかければ、笑った事がお客に対して失礼だと思ってしまったのか、申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「そんなつもりじゃないですよ。お姉さんが元気な笑顔を見せてくれるので」

 ――――言ってなんだが、ナンパしているような語りだな。

 返事をしても元気がないから、この街は人見知りが多いのかと思った。と述べれば、お姉さんの表情が曇る。


「……ちょっと前までは、こうじゃなかったんですよ」

 との事。

 他の街や町村に負けないくらいに、この領地の中心でもあるドヌクトスは活気にあふれた街だったそうだ。

 だが、最近になって活力のない人が増えてきたらしい。


 常連だったお客が何人も来なくなり、店前を通る常連に声をかけても、疲れたように頭を下げるだけだそうだ。

 正に俺が受けた挨拶のリアクションと同じだ。

 

 大通りに構える焼き菓子店にて、街並みを毎日眺めるお姉さんは、その現象が徐々に増えてきているように思えるそうで、何かしらの病でも流行っているのではと、旅商人の人達が方々ほうぼうから手に入れてきた栄養剤を販売していたが、それでも効果がないということで、治療を試みた医者もお手上げの状態。


 幸いにして死者が出るようなものじゃないから、大した事ではないと判断したのは、街の長である侯爵。

 加えて症状のある人には、一定の生活保障をするという事もあり、市井では大騒ぎになるという事には至っていないようだ。


「でも……」

 お姉さんの声は暗い。

 いつまでたっても治らない事から、いずれは街の皆が……と、心配もあるようだ。

 

 ――――焼き菓子屋から離れて散策を続ける。

 この間にも挨拶を続けると、元気に返してくれる人もいれば、そうでない人もいる。

 挨拶における感想としては、男連中が元気が無いように思われた。


「結局、この散策は何がしたいんですか?」

 発案者であるゲッコーさんに問えば、


「少し気になる事があってな」

 答えになっていないよ。気になる事が気になるんですが。


「ん?」

 ベルが人物へと近づく。

 この行動、俺が挨拶を繰り返す中でも見られた。

 近づいてまじまじと男の人を見る。

 普通の男なら、ベルに凝視されたら、それだけで魅入ったりするもんだが、反応が鈍いというか、無い。

 この男性は、目の下のクマが凄かった。


「なんか今朝のトールみたいだね」

 不安になるような事をシャルナがサラッと言ってくれる。

 もしかして俺もこの人達と同じなのか。と、思ってしまうじゃないか。

 しかも現実味を帯びるように、ベルとゲッコーさんが、元気のない男の人と俺を見比べている。

 まじで怖いよ。なんなの……。




「大きな街だが、大体は理解した」


「何をですかね? いい加減に教えてください」


「お前にはまだまだ頑張ってもらわないとな。勇者なんだから」

 ――……教えてくれないよね…………。

 しかもなんですかね、その笑みは……。

 悪い人間が湛える笑みにしか見えませんよ。ゲッコーさん……。




「お帰りなさいませ」

 屋敷へと戻れば、エントランスではランシェルちゃんが、俺たちの帰りを待ってくれていた。

 細身の体を折り曲げて、いつもと変わらない綺麗な一礼を見せてくれる。

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