PHASE-389【考えが中世】

「いかがでしたか、市井は」


「王都なんかよりも凄く発展してたよ」

 活気がなかったというのは言わないでおこう。それが男として、可愛い女子を不安にさせない立ち回りだ。


「しかし、元気のない男性が多かったです」

 さすが、俺が言わないでおこうと思ったことを平然と言ってのける。

 そこにシビれないし、憧れない。

 いちいち言わなくていいと、ギロリとコクリコを睨むが、意にも介しない。

 俺が弱ってるからといって強気なのかな。それともただの天然なのかな?


「寡黙でひたむきなのがこの地の人々なので」

 なんて言うけども、目の焦点が合っていないよランシェルちゃん。

 元気のない住人をフォローしたいのかな?


「適当な事を言うな!」

 突如の大音声と共に、エントランスから続く階段から下りてくるのはイリーだ。

 声は大きいだけでなく、怒りも混ざっていた。

 俺に発したものではなかったのは理解しているが、ついつい肩がビクンとなってしまうほどに裂帛の籠もったものだった。


 揺らめくフィッシュボーンは、態度とは正反対にゆったりと揺れるが、足取りは声同様に強い。

 薔薇色そうびいろの瞳は炯眼。

 向けられるのはランシェルちゃんにだ。

 向けられる方はオドオドとして、目を合わせようとはしない。弱々しくうつむいている。


「なんでそんなに怒鳴る」

 ランシェルちゃんの前に俺が立って、視線を防いでやる。


「外の者には分からない。以前は皆が明るかったのだ」

 焼き菓子屋のお姉さんにもそれは聞いたけども、別段、命の危険も無いという話だったし、侯爵は生活保障もしている。

 原因が不明で不安になるのは仕方ないけど、それでランシェルちゃんに当たるのは筋違いと諭してやる。


「違う、あれは気力が奪われているのだ」


「いやいや、イリーは元気じゃないか」

 門で一悶着起こした兵達だって、怯えながらも元気だったし。


「俺が思うに、瘴気の危険がないとはいえ、いつ魔王軍が攻めてくるのかって不安に襲われて、鬱気味になっているんだと思うぞ」

 屋敷に帰る道すがら、俺が導き出した推測がこれだ。

 鬱が原因で気が滅入っていると考えるのが、しっくりくる。


 鬱病は現代病で問題にもなっている。自殺者だっているんだからな。

 この世界ではまだ精神的な病気が、病気と見なされていない可能性もある。

 魔王軍の侵攻に怯えて、街の人々が集団ヒステリーみたいになっている可能性も考えられる。


「訳の分からない事を」

 俺の推測を述べてみたが、やはりと言うべきか、鬱病とか分からないようだ。

 イリーにとって、鬱病は未知の病だろうし。


「とにかく不安なんだよ。門を守る兵達がそうだったんだから、住人はもっと不安になるだろうさ。それこそ食事も喉が通らず、眠れない夜を過ごすくらいにさ」


「う……」

 言葉が詰まる。門での俺たちへの対応に対しての皮肉をここで込めてやった。

 皮肉を理解したようで、返す言葉がなかったようだ。


「だからランシェルちゃんに当たるような事はするなよ。騎士団団長なんだから。非があったとして謝罪するべきだぞ」


「ありがとうございます」

 背中で感謝の声を受ける。

 ランシェルちゃんの好感度がグンッと上がったね。

 ギャルゲーなら間違いなく、アップ効果音の一番良いのが鳴り響いている事だろう。


「汚らわしい! そうやって権力者に取り入ろうとする不浄の者め!」

 イリーの辛辣発言と、怒りに染まった炯眼に睨まれて、ビクリと体を震わせるランシェルちゃん。


「なんだよ不浄の者って!」

 怖がるランシェルちゃんの代わりに俺が吠える。

 エントランスでイリーに対抗するように、俺も大音声を発したものだから、何事かと屋敷の衛兵やメイドさん達が、一定の距離でこちらの様子を心配そうに窺っている。

 端から見れば、勇者と騎士団団長が一触即発のように見えるのかもしれない。


 周囲の目が気になったのか、イリーは大きく深呼吸を一つ行い、纏った怒気を解放すれば、冷静な物言いにて――、


「その瞳の色だ。古来より黄色い瞳は、魔族の血が混じっている不浄の混血とされている」

 ――…………なんて中世的な考え方。

 呆れてしまう……。

 まあ、中世レベルの世界だから仕方ないけども……。

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