PHASE-661【マッチの火】

「いやいい線ですよ!」

 離れた位置からコクリコが評価してくれた。

 どこを評価してくれたのかと考えていれば、掌からのしょっぱい音と、燻った白煙は一見失敗のようだが、失敗ではないとの事。

 そもそも失敗なら音も出なければ煙も顕現しない。

 なのでよい兆候だそうだ。

 しょっぱいって発言に突き刺さるものがあるけど……。


「トライアル&エラーだ」

 よい兆候というのなら、それを信じて頑張るしかない。

 攻撃を躱しつつ集中し、効果的な魔法が発動できるかってのはかなりの賭だけども、俺は実戦の中でしか本腰を入れる事が出来ないようだからな。

 休日の間は特訓とかしないでゲームしてたし……。

 向上心の高い主人公なら、そういった時間を無駄に使わないんだろうな。


「おっと」

 ま、ゲームのおかげでストレンクスンを筆頭に、持続タイプのピリアを長時間維持させる事は出来るようになったけどな。


「もう一回」

 距離を上手く取ってから左手を伸ばして構える。

 動きを見る辺り、ディザスターナイトはラピッドを使用した後はインターバルがあるようだ。

 といっても数秒だけど。

 その数秒を黄金の時間と定めて、魔法を発動。


「ファイヤーボール!」

 気概で押し出すイメージ。

 ――……掌から出るのは、先ほどと同様の情けない音と煙……。


「魔法って何だ!」


「中々に哲学的なことを言うじゃないの」


「なんてくつろいだ傍観なのでしょう!」

 ちょっと離れた所では、ティーパックの紅茶が気に入ったのか、リンはそれを楽しみつつこっちの戦いを見ている。

 ダージリンのティーパックだな。リンだけに。

 同じ空間にいるんだけどな……。こっちは慌ただしいけど、リンは別世界とばかりにまったりとしている。

 傍観というより観戦だな。

 闘技場で観戦する観客だ。


「ヴァララララ」


「うるせー!」

 笑ってんのか? 相対するアンデッドは、俺の魔法失敗に、胴間声で笑っている。

 笑うのを止めれば、再びラピッドによる高速移動で間合いを詰めてくる。

 俺のと違って持続力はないけども、パワー型の高速移動は中々に迫力がある。

 鈍く輝く刃幅の広いファルシオン。

 ロングソードで受けて捌くと同時に、反対側からも衝撃が走る。

 だがそれは対応できている。

 ガントレットでしっかりとシールドバッシュを防げば、目の前でスパイクが止まる。


「で!?」

 宙に浮く。

 二撃に対応したまではよかったが。三撃目の強烈な蹴撃はしっかりと受けてしまう。

 俺のを真似するようなケンカキックだった。

 蹴撃で吹き飛ばされれば、次には背中に衝撃が走る。

 原因は石棺。

 背中から放射状に体全体に衝撃が伝わり、一瞬だったが呼吸を奪われる。

 呼吸困難に対しても慌てることなく体勢を整えて、直ぐにその場を飛び退けば、重々しい音をたてながら石棺が台座から崩れ落ちる。

 あのままいれば下敷きだった。

 大量の塵埃じんあいが舞う中、その中を影が俺へと接近してくるのが分かる。

 突撃ではなくゆっくりな歩みは余裕の表れか。

 影の中に灯る二つの緑光。

 先ほどまでの荒々しさはなく、残っている石棺を避けるように歩いていることに違和感を覚える。

 だが違和感よりも、時間の有効利用。

 三度、掌に火を集めるイメージの再開。

 炎の盾を圧縮するよりも簡単だと暗示をかけなが、大気からネイコスを集めるイメージ。

 からの――――、


「ティンダー!」

 叫びにも似た魔法名は、先ほどよりも下位のもの。

 タチアナの魔法を思い出す。

 マッチやライターの小さな火を想像。

 で――、

 ボッとなんとも嬉しい音が耳朶に届き、俺の掌にほのかに灯る小さな火。


「やった!」

 喜ぶと同時に、雑嚢に手を突っ込んでからモロトフを取り出す。


「くらえ!」

 掌に浮かぶように顕現した小さな火を使い、注ぎ口に詰めた羊皮紙の切れ端に着火させて投げつける。

 笑われた事に対する思いの丈もしっかりと込めて投げつけてやる。


「ヴァア!?」


「よっし」

 頭部に直撃。

 弱点に記載されているだけあって、やはり炎は頼りになる。

 途端に動きが鈍くなるし、こちらに向かってくる足は止まる。

 コクリコのファイヤーボールよりもスリップダメージとしての炎なら今回のモロトフのほうが効果が大きい。

 以前のと違って、爆ぜた後も火が残るタイプだからな。

 欠点は携行する数が限られるって事だけど。

 ティンダーを習得した勢いで、ファイヤーボールも使えるようになりたいね。

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