PHASE-408【いい動きで詰めてくる】

「さあ、どうする侯爵。大人しく降参するか?」

 コクリコとのお馬鹿なやり取りをしていても、侯爵とランシェルちゃんから視界を反らすことはしない。

 隙をあたえて相手を有利にするのは愚かだからな。


「数的有利? ここは私の屋敷だというのを理解しているのかな?」

 パチンッとフィンガースナップすれば、俺が勢いよく入った扉とは違うドアから、音も無く執務室へと入室してくるのは……、メイドさん達。

 見た感じ、この別邸のメイドさんが全員かな。

 三交代制はどうしたと? と、言ってやりたい。


「数的優位が――――なんだと言ったかな?」


「あの侯爵むかつくよね」

 上からな物言いにイラッとして、後ろにいるメンバーに同意を求めれば、ちゃんと頷いてくれる出来た面子。

 ランシェルちゃん同様に他のメイドさん達も表情は暗い。

 強制的といった感じだ。

 だがしかし、


「これはまいったね」

 ランシェルちゃんの動きからして、ここにいるメイドさん達は間違いなく戦いに特化した方々だろう。

 思い出されるのは、ランシェルちゃんを背負ってメイドさん達の休憩室に行った時、背負うランシェルちゃんの元に駆け寄った時の動きの速さだ。

 俺の間合いに他愛なく入ってくる足運びは、戦いに特化した方々だというのが理解できる。


「さあ皆、剣を取れ。ランシェル、手本を見せてやれ」


「高みの見物かよ。お前が来いよ」

 挑発してみても――、


「無駄な浪費は嫌いでね。やれ!」

 効果なし。

 即座に俺はランシェルちゃんへと集中する。

 一度、俺へと斬りかかった事で躊躇が無くなったのか、ランシェルちゃんはまたも素早い動きで俺へと迫る。

 今度は身を低くしての軌道。

 放たれた矢のように勢いよく一直線に迫れば、先ほどのように下段からの斬り上げ。

 ジュンと音を立てて、俺は炎の盾でいなす。


「無駄だよランシェルちゃん。やめてくれ」


「もうしわけありません……」

 謝罪しつつの次の一閃は、横薙ぎによるもの。でもそれも盾で容易く防ぐ。

 速い動きは一級品。でも、間合いの詰め方が、さっきから詰めすぎだな。

 まるで徒手空拳の間合いだ。そんな間合いでショートソードを振るうから、盾に触れるのは剣先ではなく、護拳に近い場所になる。

 これは剣のあつかいに慣れているってわけじゃないようだな。

 動きは速いけど、初太刀は斬り上げのパターンなものだし。


「剣が得意というわけじゃないようだね」

 ストレートに問えば、


「流石はトール様。勇者様にはお見通しですね」

 返事はくれるが、やはり声音は暗い。

 動きと間合いの詰め方、間違いなく剣より素手の方が強いなこの子。


「続け」

 侯爵が腕を横へと払うように動かせば、それを合図として、他のメイドさん達も鞘から剣を走らせて、こちらへと向かってくる。


「こんなに狭いと、むしろ不利ですよ」

 コクリコの言は正しい。

 多人数を相手にするには狭い通路なんかで戦うのも戦術の一つだろうが、狭い通路と室内では広さが違う。

 一方向でなく、翼包囲にて攻めてこられれば、こっちは不利でしかない。

 素早く踵を返して、


「出よう」

 と、先ほど蹴り倒した扉の方に向かって全員で走り、執務室から鏡の回廊へと場所を変える。


「回廊は室内に比べて広いぶん逃げ場はあるが、下手をしたら翼包囲どころか、完全に包囲されるぞ」


「地の利は向こうにあるしな。ま、包囲されないように戦おうぜ」

 返答すれば、ベルは肩を竦める。

 正直言ってノープランだからな。執務室から脱することが最重要だったから。

 地の利はないし、数の上でも不利。

 でも、あんな狭いところで数に押し込まれてもどのみち不利だ。

 なら少しでもフットワークが活かせる回廊のほうが戦いようもある。

 

 ベルとゲッコーさんならあの場でも対処するだろうが、優秀なシャルナでも執務室での戦いとなると対処は難しいだろう。

 となれば、俺とコクリコは論外だ。

 少しでも有利な位置取りをしつつ、包囲を回避しながら戦いたいところだが――――、


「シャルナ、ファイアフライを頼む」

 月明かりは有りがたいが、戦いとなると頼りない。こんなにも暗いとまともに戦う事なんて出来ない。

 シャルナが片手を掲げれば、掌から青みがかった光球が現出し、それを天井へと向けて投げれば、天井付近で留まり、一帯を昼間のように明るく照らしてくれる。


「便利だな」

 フラッシュライトは持っていても、広範囲を明るくするアイテムは持っていないゲッコーさんが感嘆。


「……うむ。多勢だな……」

 鏡の回廊にメイドさん達も布陣すれば、壁側にある鏡に映るメイドさん達も相まって、実際より多く見える錯覚に陥ってしまう。

 手にしているのが利器じゃなくて、俺に対する手料理とかだったら、すっごくハーレムなんだけどな。

 そんなにいっぱい食べられないよ。って、言ってみてえよ。

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