PHASE-407【涕涙】

「ランシェル」

 俺には小馬鹿な笑みを見せたが、ランシェルちゃんには突き刺すような声を放つ侯爵。

 そして壁に掛けられたショートソードが収まる鞘を手にすれば、おもむろに投げる。

 ――――ランシェルちゃんの手へとソレは収まった。


「やれ」

 短く一言。

 先ほどまでは動かないことで抵抗を示していたようだったけど、この一言は先ほどまでと違って、殺意が籠もっていた。

 文字にして二文字だったが、ランシェルちゃんを恐怖で動かすには十分なようだった。

 震える手で柄を掴み、シャリンと冷ややかな音と共に、ショートソードが抜かれる。

 冷ややかな音に連動するように、俺の背筋にも冷たい物が走る。

 小さく誰にも分からないような深呼吸を一度おこない気持ちを落ち着かせる。


「ランシェルちゃん」

 しっかりとした声で名を呼べば、


「……申し訳ありません」

 涙を浮かべて俺へと剣先を向ける。

 横に立つコトネさんも、俺たちに対して申し訳ないと思っているのか、顔を反らしてこちらを見ようとはしない。

 女の子を泣かせて従わせる。


「クズだってのがはっきりと分かるな」

 怒りの視線を侯爵に向けたところで、意にも介さないとばかりに笑みを湛えて、


「さあ、さっさとやれ!」

 強制するようにランシェルちゃんに指示を出せば、


「!?」

 一瞬にしてランシェルちゃんが俺の間合いに入り込む。

 俊足により、涙は置き去りとばかりに後方へと流れる。涙は玉を象り、さながら真珠のようだった。

 ランシェルちゃんの構えは、五行の構えで例えるなら、脇構え。

 その位置から斜め上段に向けてショートソードを振り上げてくる。

 咄嗟にバックステップ。と、同時に火龍の籠手で体を庇うように、前面で腕をクロスさせれば、チュインと籠手を掠める金属音が響く。


「ひゅうぅぅぅぅ」

 いい移動速度と剣技を持っている。

 バトルメイドとか、ポイント高いよね。

 なんて思えるあたり、俺はまだ余裕。

 ランシェルちゃんはやり手だが、現状だと脅威は感じない。

 鋭い一撃を持っているが、なんだろうか、間合いの取り方が剣より近かったような気がする。

 嫌々戦わされているってのもあるからか、間合いを見誤って詰めすぎたのかもな。

 一太刀から伝わってきたのは、俺の命を奪おうとする殺意が感じられなかったということ。

 鋭くはあっても殺意が無い時点で、脅威となり得ない。


「続けてくるぞ」

 分かってますよゲッコーさん。

 そして、いつもの如く観戦モードのスパルタスタイルですね。

 振り上げたショートソードを掴む手を返しての、上段からの斬り下ろしは、しっかりと俺の視野でも捉えている。


「悪いけど」

 一応の断りを入れてから、


「イグニース」

 発せば、籠手にはめ込まれたオレンジ色のタリスマンが輝き、瞬時にして亀甲デザインからなる、スクトゥムサイズの炎の盾が顕現。

 ボフッと熱風を周囲に放てば、上段からの一撃を打ち込んでくるランシェルちゃんのメイド服を靡かせる。

 ジュンと音を立てた瞬間に、ランシェルちゃんの顔が熱さで苦痛に歪み、バックステップで距離を取る。

 熱さからの汗と、熱によるダメージを恐れた冷や汗を流し、手にするショートソードの剣身部分は熱を受けて、わずかの間だったが赤色に変化した。


「流石は勇者というべきか。強力な装備を有している」


「本当はお前の顔面を殴るために使いたいけどな」

 籠手を侯爵へと向けてやれば、生意気とばかりに、笑みとは違った意味合いで口角をつり上げてくる。

 だがまだまだ余裕のようだ。


「余裕ぶっているのはいいけど、正直ランシェルちゃんでは俺には届かないぞ。コトネさんが参加したとしても、数的有利はこっちが上。しかもこっちにはとんでもないのが二人ひかえているし」

 言い終えてから一拍おいて――、


「毎度の事だが、もちろんお前の事じゃない!」

 と、後ろを振り返ることなく言ってやる。

 当然のように舌打ちが聞こえる。発信源は先ほどの侯爵と違って、後方のコクリコからだ。

 

 とんでもない二人の内の一人が、自分の事だろうと認識すると思っていたから、コクリコが出しゃばってくる前に否定してやった。

 隙あらば直ぐに前に出たがる後衛ウィザードだからな。

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