PHASE-409【ルーマニアが発祥地というわけではない】

「次はどうするの」

 ファイアフライを唱えてくれたシャルナは直ぐさま左手で弓を握り、右手には矢を持ち、後は番えるだけといったところ。

 ベルはレイピアを抜剣。

 コクリコも貴石を輝かせたワンドを手にし、いつでも迎え撃つといったろころ。

 

 ゲッコーさんは――――、流石だ。

 麻酔銃を手にしていた。メイドさん達が無理矢理に戦わされているって事を考慮してくれている。


 じゃあ、俺も――――、

 佩刀する残火を鞘ごと腰から外し、鞘に収めたまま柄を握る。


「甘いかもしれないけど、どうしてもメイドさん達は不殺でいきたい。迷惑かけるから先に謝っとく」


「無理にソフトキルを貫き通すなよ。彼は強い。先ほどのトールへの打ち込み。間合いに入ってくる身のこなしは一流のものだ。あと素手の方が強い」

 ゲッコーさんの後半の発言を耳にして、俺の見立ては間違っていなかった。と、伝説の兵士に俺自身が褒められたみたいな気がして、嬉しくて口元が緩んでしまう。

 やはりランシェルちゃんは徒手空拳タイプだよね。

 でも前半の発言は申し訳ないけど、俺は無理を貫き通したい。

 彼女を可能な限り無傷で行動不能にしたいところ。

 彼女だけでなく、他のメイドさん達も。


「まあ、いいだろう。あの侯爵殿はメイドを道具のように使うようだしな」

 いつもなら覚悟が足りないとか言うベルだが、女性蔑視に対して不快感を抱いたらしく、俺に賛同してくれる。

 シャルナも賛同。

 内のギルドの風紀委員だからな。この二人は。


「道具のように使って何が悪いのか。美姫よ。出来れば貴女とハイエルフは私の物になってもらいたい」

 おっと、虎の尾を踏むとは正にこの事。

 執務室から出て来れば、ゆったりとした歩みでメイドさん達の前に立ち、余裕ある発言をする侯爵。

 愚かな発言でベルの怒りを買ったな。

 

「――――なるほど」

 一言ベルが返事をするが、それはとても冷たい声音だった。

 ベルを中心にゾワリという擬音が聞こえてきそうなプレッシャーが発生すれば、不可視の壁がドーム状に広がりを見せるようにして、ゲッコーさんを除く俺たちパーティーと、メイドさん達が、ベルを中心にして一歩後退する。

 でもって、何となく底冷えがするし、緊張で喉が渇く……。


「よ、余計なことを言ったな侯爵」

 味方のプレッシャーで俺の声は喉にへばりついてしまったらしく、出しにくかった……。


「だ、黙れっ!」

 俺に指摘を受ければ、侯爵もベルのプレッシャーを受けていたようで、同様に声が喉にへばりついていたようだ。

 小者感が出ちゃった………………な?

 

 ――…………。


「……オンオン!?」


「気付いたか」

 と、ゲッコーさん。


「侯爵」

 声を整えてから俺は問う。


「何かな?」

 侯爵も声を整えてから返してくる。


「…………あんた、鏡の世界の自分を執務室に置いてきてるぜ」


「何とも詩的な台詞だね。まあ、安い詩だが」


「ほっとけ!」

 分かったことがある。


「お前、本当に侯爵か?」


「正真正銘ね」

 おう、不敵な笑みと共に返してくるね。

 その笑みは、虚言を発していると判断したいところ。


「本物の侯爵はどこだ」


「だから、ここにいる」

 にゃろ! 絶対に嘘だね。

 メイドさん達を飛び越えて、あのエセ侯爵の元に攻め込みたいところ。


「落ち着け」

 侯爵だけを注視して、視野が狭まっているとベルからの指摘。

 このまま突っ込めば、メイドさん達から側面攻撃を受けることになるもんな。


「あながち嘘じゃないかもしれんぞ」

 お互いが睨み合っている中で、ゲッコーさんが煙草を吸い始める。

 嘘ではない。あれは侯爵で間違いないのだろう。と、ゲッコーさんは推測。

 対して侯爵は鷹揚に頷く。

 では、侯爵は最初から人間ではなかったということなのだろうか? 鏡に映らない時点で魔族的なものと判断していいよね。


「この世界はファンタジーだからな。侯爵に何かしらが取り憑いているって可能性もあるだろう」


「なるほど」


「で、鏡に映らない怪物といえば、ブラム・ストーカー原作でも有名だな」

 紫煙を燻らせて佇むゲッコーさんが口にする人名は、ゲッコーさんと俺しか分かっていない。

 ベルのゲーム世界はWW1ダブダブワンをベースにしているが、架空の世界だから知らなくて当然だし、コクリコにシャルナだけでなく、相対するメイドさん達も知らなくて当たり前。


「ブラム・ストーカーとは誰かな?」

 侯爵も気になったのか、問うてくる。


「ドラキュラって本を書いた人だよ。お前――――ヴァンパイアだろ」

 ビシリと食指を向ける俺は、じっちゃんの名にかけたり、真実はいつも一つな、名探偵たちを模倣した所作だった。

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