PHASE-14【正式に勇者になります】

「いでで……」

 なんて一撃だ。立ち上がったのはいいが、足がふらついてしかたない。


「――おねえちゃん」

 と、俺たちの所へ駆け寄ってくる女の子。

 栗毛のお下げ頭が愛らしい、五歳くらいの子だ。

 手には可愛らしい一輪の白い花。


「たすけてくれて、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、白い花をベルヴェットへと手渡した。市井もベルヴェットの噂で持ちきりなのか、人々が遠目から彼女のことを窺ってる。


「ありがとう、無事でよかった」

 あら、そんな優しい笑顔も出来るんじゃないか。ここだけを切り取ってみれば聖女のようだぞ。

 もしかしてだけど、頑張ってベルヴェットの忠誠心を上げていけば、この笑顔が俺にも向けられるのかな? いや、それ以上の事も期待できるんじゃ――――。


「目が不快だ」

 忠誠心ゼロなので、俺には手厳しいようです……。

 ――女の子に対して見せた笑顔。

 それを皮切りに、王都の人々が俺たちの周りに足を運び、感謝の言葉を伝えてくる。

 こそばゆいな。こんな経験ないから照れるぞ。俺は何もしてないけど……。

 俺の照れてる顔がおかしかったのか、子供たちに笑われた。

 ――うん……。おかしかったのは、俺の照れた姿にじゃなく、左頬に向けられる指から推測するに、手の後が頬に残っているんだろう。それがおかしくてしかたないようだ……。

 まあ、子供が笑ってる事はいいことだよ。


「守りたい、この笑顔。ってのを俺たちのスローガンにするっていうのはどうだ?」

 笑みを湛えて正面に立って言ってみるが、


「ふん」

 って、そっぽ向かれた。

 でも、この場より立ち去ろうとはしない。

 元々いたゲームの世界とは違うけども、困った人々がいれば救いの手を差し伸べてくれる。

 ゲームでは敵としての存在でも、力ない民を守ろうとするところは、厳格な軍人である。

 俺に対しての忠誠は、揺らぐことなくゼロだけども……。

 ゼロだからこそ力で訴えて、元の世界に帰せ! って、凄んでくれば、俺は従うしか選択肢がないんだけど、それをしてこないって事は、やはり眼界の弱者を救いたいと思っているんだろう。

 ツンデレ成分が含まれているようだな。ますます好きなキャラになったぞ。




「勇者トールよ」

 亨な! と・お・る!

 あの後、俺たちは王城に戻り、一晩泊めてもらった。

 とにかく俺たちに留まってもらいたいのか、昨晩は歓待だった。

 ベルヴェットは、これは民に与える物だ。と、辛辣に批判していたけども……。

 そんなやり取りもあったが、王を始め、家臣団も喜びに満ちていた。

 それもそのはず、王城に戻って、打倒魔王を誓ったからな。

 でもって、今日、今、正式に誓いの儀式なんてのが謁見の間にて進行中だ。


「強き従者と共に、この世界を救ってくれ」

 俺に拝礼する王様。

 横に立つベルヴェットは、従者呼ばわりにすこぶる機嫌が悪い。

 眉間に皺を寄せて、不愉快さまる出しだ。


「この世界の儀式の段取りを理解してません」

 元々の世界でも、こんな場面はないけども。

 こういう時って、前もって儀礼なんかをレクチャーしてくれると思うんだけども、世界が切羽詰まってるからな、作法を教えるって余裕がそもそもないんだろう。

 王様の横に立つ、槍を持つ近衛。

 槍は穂先にカバーがしてあって、且つ装飾が派手だ。儀仗用であって、戦闘用としては向かない物だろう。

 そんな槍を持った近衛の後ろから、ゆっくりとした足取りで現れた近衛が、両手で大事そうに持った、平たい木箱を王様へと片膝をつきながら差し出す。

 王様が箱から取り出したのはマントだ。


「体を低くしてください」

 と、俺の側に立つ千人隊長の偉丈夫が、木箱を手にした近衛の所作を模倣するように。と、教えてくれる。

 言われるままに片膝をつけば、王様が俺にマントを羽織らせた。

 日本から来たままの状態。

 普段着に対して、マントは水色から、裾に向かって白になっていくグラデーションタイプ。

 俺の服に驚くほど似合わないデザインだ……。

 背中の水色部分には、雪の結晶マークが白糸で刺繍されている。


「王家に伝わる、救国の士に与える外套である。仁、義、礼、智、信、勇の六つを兼ね備えた者にのみ許される外套。六つの徳性を表した立花の紋は、この世界を私に代わって導き正す象徴である。皆、勇者殿を称えよ」

 権限を得られるマントをもらうって事は、結局は俺が頑張らないといけないんだな……。

 それに歓待だった割には、マントが出てきた時に、家臣団の何人かが渋面になった。

 王に代わって権限を持つのが俺ってのが気に入らないのだろう。追い込まれてても、権力は維持したいんだろうな。

 特に出っ歯の奴、俺を見る目は妬みそのもの。

 でも俺も困る。権限をもらっても、俺に用兵なんて出来ないぞ。まあ、ベルヴェットがいるから問題はないけども。

 問題は、すぐに逃げてしまうような兵士が頼りになるかどうかだな……。

 と、その前に、


「俺たちはとりあえず何をすれば?」

 俺の前に立つ王様に、これからの事を見上げて質問すれば、


「まずは王都の西、ヘルガー峡谷にある、リド砦を攻略してもらいたい」

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