PHASE-240【久しい音を耳にした】

「コボルトの数は大小あわせて四十くらいって話だったな」


「ええ――、その通りです」

 鷹揚に頷くクラックリック。

 余裕の首肯というより、重々しさを俺に伝える為の首肯だろう。


 四十か……。俺たちの十倍。コクリコ達と合流したとしても六倍ほど。

 広範囲の攻撃魔法であるアークディフュージョンがあったとしても、波状攻撃でこられるときびしいかもな。


「先に進みましょう。考えていても仕方ありません」


「だな」

 不安を払拭させるようにクラックリックが力強く発してくれる。

 奮い立たせてくれるような、背中を押される気分になる。

 流石はハンター達のリーダーをやっているだけはあるな。こういうリーダー気質なところも評価してるから、先生は黄色級ブィを配付したんだろうな。

 

 不安もあるが、俺は存外、落ち着いている。

 なんだかんだでコクリコは胆力もあるし、引き際も心得ている。

 

 海賊の住処に入り込んで盗み食いをしたり。ギャルゲー主人公の家に忍び込んだ時は、こちらが初めての魔法に面食らっていたとはいえ、あのゲッコーさんを出し抜いて、外まで逃げ出したからな。

 

 スニーキングなら三千世界で随一であるゲッコーさん。

 追跡も潜入も神の領域と言っても過言ではない人物を一瞬とはいえ出し抜いたんだ、逃げに思考を切り替えれば、残りの二人を連れ出して逃げ出すくらいあいつなら出来る。

 というか、信じている。

 だからこそ、落ち着いてる俺。

 

 ――――クラックリックが先頭。速歩で進み、それについていく。

 

 有りがたいことにダイヒレンのような障害には出くわさない。脅威を気にせず速歩による移動に集中できる。

 もちろん後衛のタチアナに無理をさせないだけの速度だ。


「む?」

 ここでギムロンがピタリと止まる。


「どうした?」

 念のために小声で語りかければ、


「妙じゃ」

 と、返ってくるのは並の声量。気付かれて問題になるという対象はいないようだ。


「なにが?」

 なので、俺も普通に話す。


「この洞窟の最奥部はここのはず」


「確かに」

 クラックリックも松明を前へと突きだしてギムロンに同調する。

 両経験者がそう言うが――、


「でも――、あるぞ」

 ランタンで照らしてやれば、その方向にぽっかりと穴が空いている。

 真っ直ぐだった道に現れた横道。


「う、む――――」

 横道の壁をギムロンが眉を顰めながらペタペタと触っていく。


「こりゃ、新しく掘られたもんだの」

 洞窟。鉱物加工。そして穴掘りにかんして世界で一番の種族がそう言うのだから間違いはないだろう。


「てことはまだ続くのか……」

 嘆息を含めて口にする。

 まったくやれやれだ……。

 

 だが、最悪の想像も薄れるというもの。

 先に続くってことは、コクリコ達がコボルトとの戦いで最悪の状況になっていない可能性が生まれる。

 ここから続く道の先を目指しているって可能性が生まれたからだ。

 

 この先に行けば、きっと派手に戦闘でも――――、

 

 チュドォォォォォォォォォン! 

 

 ――……と、爆発音……。

 俺が考えている最中に音でかぶせてきやがった……。

 聞き慣れた音。こいつは間違いない……、


「まな板のだ……」

 ノービスのファイヤーボール。


「戦っているようですね」

 スタッフを両手でしっかりと握り、胸元に近づけている仕草はダイヒレンの時と同じ。

 でも、タチアナの目には力強さが宿っている。

 仲間がこの先で戦っている。早く救いに行きたいという思いからくる強さだな。


「この先が主戦場だ」

 ランタンを腰にぶら下げて、誰よりも先に駆け出す俺。

 ファイヤーボールが使われているなら、コクリコはいまだ健在。

 だが、戦闘が長引けば数によって追い詰められるだろう。

 駆けていた足は、いつの間にか全速力だ。


 ここでラピッドを使用してもいいが、知らない洞窟内で単独行動は出来ない。

 そもそもギムロンとクラックリックがラピッドを使用出来たとしたら、後衛のタチアナが一人置き去りになってしまう。

 

 散々タチアナに歩調を合わせようとしてたのに、ここで俺がそれをやぶるのは馬鹿すぎる。

 彼女のペースに合わせつつ、出来るだけ速く走る。

 

 とにかく大事なのは、後衛に合わせることだ。

 戦闘の真っ只中で、補助、回復役が息切れなんてしていたらこちらがそれだけ不利になる。

 後衛がスムーズに魔法を使用出来るベストな状態を維持するように行動すれば、戦闘突入時、戦術や戦法が円滑に進むというもの。

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