PHASE-796【公爵領へ】
「何はともあれ、笑いによって更に団結力が強固になった事はいいことだ」
頭をさすりつつ、若干ふらつきながら立ち上がり、
「ほらコクリコ。残った台詞を言え」
「いちち……。ええっと――あれですか? 火龍が封じられていた要塞の」
「それしかないだろうが」
「分かりました」
ラセットブラウンの艶やかな髪に手を当てつつコクリコが先頭へと立つ。若干だが、俺同様にふらついている。
拳骨ダメージの効果は抜群。
眼前にはアルサティア川。
先日までは赤い川だったが、山より流れ出た清らかで澄んだ水には浄化の効果でもあるのだろうかと思ってしまうほどに、現在は透明度のある水に戻っていた。
まるでここでは何事も起こらなかったとばかりに、自然の力が全てを洗い流してくれている。
澄んだ川の前にコクリコが立ち、俺が斜め後ろから横顔を見れば、やおら瞳を閉じている。
大きく深呼吸をすれば、北壁の如き胸も少しは膨らみを見せた。
閉じた瞳が力強く見開かれ、琥珀の瞳が煌めけば、負けじとワンドの貴石も呼応するように輝き、先端を対岸へと向けたところで――、
「アーレヤ・ヤクタ・エストォォォォォォォォ!!」
大音声を轟かせると、声の勢いのままに、黄色と黒の二色からなるローブを後ろへと靡かせながら、コクリコは己の足で駆け出す。
「せめて馬車に乗ればいいものを。チコ」
「に゛ぁあ!」
俺がダイフクへと跨がれば、元気な返事と共にチコが走り出し、コクリコと併走すれば、意図を汲んだコクリコは軽快に跳躍してチコの背中へと騎乗し、
「さあ皆さん! 新たなる歴史を刻むのです!」
と、継ぐ。
「ぬうぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
コクリコのその発言に刺激されたようで、耳を塞ぎたくなる獣のような伯爵の咆哮。
馬の横腹を蹴って、棹立ちからの襲歩にてコクリコに続けば、
「「「「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!」」」」
この戦いにおける鬨の声の大きさを更新。
鬨の声に負けないほどの蹄の音が大地を振るわせる。
対岸には驚異はない。
橋が定員オーバーなら川の中を渡ればいいと、馬だけでなく徒渉にて渡る兵やギルドメンバーの冒険者たち。
戦意高揚が原因なのか、冷たさなんて意にも返さないとばかりに、動きが鈍くなることもなく、冷たい水の中をひたすらに走る。
「あそこでコクリコがフォロー・ミー! と言えば更に格好良かったんだがな」
「それを言った後は魔女裁判で火刑に処されそうなので却下です」
「だな」
「それにコクリコ・オルタになって悪に染まるのも困りますからね」
「それは分からない」
でしょうね。
そもそもこの世界は魔法が普通にあるから、魔女裁判の意味もないけどね。
などと、ゲッコーさんとのアホな掛け合いを一通り終えて俺たちも動く。
有りがたいのは、こんなアホな掛け合いをしている俺たちを渡らせようと、橋を譲ってくれているということだ。
譲り合いの精神が素敵です。
「あれに見えるは征北騎士団」
王土から公爵領へと踏み入って北進すれば直ぐだった。
高らかに儀仗用の槍旗が掲げられた布陣。
山への侵入を拒否するように、街道に十重二十重にて拒馬が設置され、その後ろには儀仗の槍旗に負けないほどに煌びやかなフルプレートを纏った騎士団が居並ぶ。
更に後方では、前回遁走した兵士たちもおり、手に槍を持ち、しっかりと構えた不動の姿勢。
ビジョンで見やれば、目には力が宿っている。
ここより先、一歩たりとも通さないという気概が伝わってきた。
「お見事」
ついつい口から零れ出る。
あれだけの地獄を経験し、未だに心が恐怖に支配されている者達だっているだろうに、それでも迎撃を整えて、しかも立ち向かおうとしている。
今回は有能で信頼の置ける指揮官があの陣営にいるって事なんだろうな。
こちらの進軍速度も緩やかなものに変わり、陣を形成しつつ、相対する者達と睨み合う。
ここを攻略すれば要塞まで目と鼻の先だ。早いところ馬鹿息子の顔面にワンパン入れたい。
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