PHASE-1132【スリスリ――ピピッ、ドン!】

「全員、ここより撤収。仕切り直しだ。この小僧が大事なら動くなよ」

 ゴロ丸が動きを止めたことで、ダークエルフさん達と残り少なくなった私兵にカゲストが指示を出す。

 こちらにしっかりとドスを利かせながら。

 

 脅威対象である俺達との間に障壁を展開したことから生まれた余裕からか、


「本当に生意気だ。テレリがこのような業物を! ――剣装はともかくとして、なんと美しく磨き上げられた剣身か――」

 ギムロンのミスリル剣に魅了されたのか、欲望に突き動かされるように右手が剣へと伸びる。

 その時だった――。


「ハァッ!」

 下生えから飛び出してきた小さな影が、剣へと伸びていた右手首に見事な小手を打ち込む。


「ぬぅぅん!?」

 思いっきり振り下ろされた木剣の一撃にカゲストの顔が大きく歪む。

 一人、気付かれることなく隠れ続けることが出来ていたハウルーシ君の急襲による一撃は成功。

 成功はするけども見事と口からは出せなかった。

 出来れば隠れていてほしかったからだ。

 だがその一撃を無駄には出来ない俺とゲッコーさんは、一撃に合わせて動き出す。

 

 ――が、木剣の一撃は右手首に痛痒を与える事は出来ても、行動不能に追い込むことは叶わず……、


「汚らわしいウーマンヤール風情がぁぁぁぁぁあ!」

 細首を締め付けていた左腕。その腕で拘束していたサルタナをかなぐり捨てれば、カゲストは直ぐさまミスリル剣を左手で奪い取り、ハウルーシ君を……斬り上げる。


「おまえぇぇぇえっ!」

 俺の怒号が響く中、眼前で宙を舞うハウルーシ君。

 小柄な上半身からは鮮血が勢いよく噴き出す。

 首を締め付けられていたサルタナは至近距離でその光景を目にし、喘鳴を忘れ、声にならない叫び声を上げる。

 その光景からわずかに遅れてゲッコーさんの方から銃声が一つ響く。

 斬り上げることによって体を大きく動かしたことで、障壁からわずかに出た上半身。

 そこを見逃さないゲッコーさん。正確に左肩を撃ち抜けば、カゲストの体勢が崩れる。

 ゲッコーさんに続くように、

 

「ウインドナイフ!」

 と、担がれたままにエリスが魔法を発動すれば、カゲストの胸部に風の刃が直撃。

 肩と胸にダメージを負った反動で手にしたミスリル剣を落とせば、


「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 落ちたミスリル剣を手にしたサルタナが、気迫とも憤怒とも取れる声と共に逆袈裟にてカゲストを斬った。


「こ、こんなテレリの……小僧に…………」

 斬り上げられローブを真紅に染め上げていくカゲストは、信じられないといった表情を浮かべながらゆっくりと両膝をつき、伏臥の姿勢で倒れ――動かなくなる。

 

 カゲストが倒れるとほぼ同時にその場に移動したゲッコーさんはエリスを下ろし、直ぐさまハウルーシ君の首に手を当てながら全身を見ていた。


「どうです!」

 わずかに遅れた俺が問えば、


「……駄目だ」

 弱々しく首を左右に振っての返し。

 ハウルーシ君の急襲から十数秒の間に起こった出来事。

 親友は救えたが、代償として自らの命を使用してしまったハウルーシ君……。

 即死だったようだ……。

 

「ファーストエイド!」

 と、エリスが必死に発するも反応はない。

 ハウルーシ君の体に抱きつき涙を流すサルタナの横で繰り返し回復魔法を使用するエリスだが、ハウルーシ君が反応することはない。

 回復魔法を使用したところで死者に対して意味はない。

 それでも目の前の死を受け入れたくないエリスは、必死にファーストエイドと叫び続ける。

 

 最悪の結果となってしまったが――可能性はある。

 その可能性ゆえか、目の前の状況を見る俺は存外、冷静だった。


「サルタナ、エリスどいてくれ」


「師匠?」

 冷静であっても、時間に余裕があるわけではない。

 俺に解決策があると理解したエリスは、泣きじゃくるサルタナの腕を引っ張りハウルーシ君からどかす。

 駆けつけると同時にポーチから取り出していたプレイギアを地面へと向け、


「除細動器」

 と、一言発する。

 ハウルーシ君の側に輝きが生じる。

 出てくるのは――二つの外用パドル。

 

 急いでそれを手にすれば――、


「おお!」

 ゲームと同じ使用となる。

 パドルを握ると同時に、ハウルーシ君が倒れる上部には、Deadの頭文字であるDが現れ、そのDの中には心電図を意味する波状のマークがある。

 Dと心電図のマークは緑色からなり、緑色のDは時計回りで黒色へと変わっていく。

 これが完全に黒色に染まってしまえば蘇生は不可能となる。


「まだ半分ぐらいの余裕がある。頼むぞ、仕様通りであってくれよ!」

 上手くいってくれと念仏を唱えつつ、ゲームの要領で二つの外用パドルを擦り合わせれば、ゲーム内と同じようにキュィィィィィィン――と、チャージ音が発生。

 ――ピピッっとチャージ完了の合図の音が鳴ったところで、


「ハイ! ドォォォォォォン!」

 気迫と共にパドルをハウルーシ君に当てる。


 途端に――、


「ハッ!」

 と、しっかりと目を開くハウルーシ君。


「あれ!? 確かに僕は斬られた記憶が――」


「ハウルーシ!」

 喜びからサルタナがハウルーシ君に抱きつく横で、俺はそっと回復箱も召喚する。

 フルチャージだったから完全回復で蘇生しているけども、癖が出してしまった。

 ゲームプレイ中もフル回復蘇生から回復箱を出すってのが一つの動作として身に染みついているからな。


「セラにもこういった動作を見習ってもらいたいもんだ」

 などと余裕の独白。

 そう、余裕の独白が出来るくらいに俺の心は安堵で満たされる。

 

 そして――、


「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 安堵が徐々に大きくなり、高揚を体現するようにパドルとプレイギアを持ったまま諸手を天へと掲げて喜びの雄叫びを上げる。

 

 回復箱なんかと違い、死者が出ない限り使用する事がないガジェット――除細動器。

 それ故に実験が出来ない状況下での使用だったから不安もあったが、上手くいって本当によかった。

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