PHASE-1486【強調表現】

「もう一度!」

 俺に合わせろ! とばかりのラズヴァートの声にフッケバインが素直に従い、二十メートルを優に超える体からは想像が出来ない素早さで俺達が戦闘する頭上を舞う。

 羽ばたきで生み出される突風。

 その突風に動きを阻害される俺。

 反対にそれを利用するラズヴァートという先ほどと同じ構図。


 加えて、


「アッパーテンペスト」

 と、俺の足元から竜巻を顕現させるという嫌がらせ。

 これには跳躍しつつ後方に下がる――というより、浮いた体が突風によって後方に無理矢理に吹き飛ばされる。


「もらい!」

 空中をグルグルと舞う俺の視界に入るのは、十文字槍による突撃――の更に奥では、勝ちを得たように口端を吊り上げた顔。

 見舞ってもいないうちからの嘲笑。


「お馬鹿なヤツだ」

 攻撃を当てる前からその余裕。

 余裕は油断に繋がると知るがいい。

 

 空中で素早く二刀を鞘に収め、


「ブーステッド」

 と、一言発し、身体能力の限界突破。

 ビジョンとの併用で、今までよりも更に相手の動きがよく見える状態にしたところで、


「いただき!」


「もらい! だの。いただき! だの。その程度の攻撃はさ、体の動きに制限を受けていても今の俺なら問題ないんだよ」


「なっ!?」

 仕留めたと思い込んで打ち込んだ十文字槍での刺突。

 ――それを体を捻って回避すれば、口角を上げた笑みから一転して驚きの顔。

 逃がさないために柄を握れば、それを振り払おうとするも、顔は更に歪んだものに変わる。

 眉毛はイケメンが台無しになるような八の字を書くもの。

 膂力では太刀打ち出来ないと分かったようだ。

 

 分かったところで、


「今までのナンパな喋りと、俺の顔を平凡と言ったことを反省するがいい!」

 整った顔に向けて半長靴の靴底を見せてやり――、


「ぎゅ!? ぐぁあぁぁぁあ!」

 鼻面を思いっきり踏みつけてやる。

 踏みつけの衝撃により空中でのコントロールを失い、地面へと落下するラズヴァート。

 ズシャャャャャャ――と勢いよく地面に体を擦られるイケメンを見つつ、俺も地面へと着地。


「くっぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」


「すかした声よりも、そういった悔しそうに咆哮する男臭い声の方が好感が持てるよ」


「ああ!? は、はは鼻……折れてんじゃねえか!」

 いつもの位置にない鼻を手で確認しつつ狂乱気味。


「形成外科がないことを悔やむがいいって言ったじゃん」


「わげ、わがんねぇ事ばっかり言いやがる!」


「よく言われる」


「その……余裕! 本当に気に入らねえな!」


「だって余裕だも~ん」

 小馬鹿に発せばラズヴァートのエンレージはMAXとなったのか、曲がった鼻からは怒りによる興奮が原因なのか、鼻血がドバッと勢いよく噴き出てくる。


「許せねえ!」


「お前の軽口を真似てるだけだ。な、ムカつくだろう。俺もさっきまで同じだったんだぞ。経験したら二度と人を小馬鹿にしないように心がけるんだな」

 ――。

 と、わずかな静寂。

 これにはフッケバインも合わせるかのように静かに空中で留まる。

 そしてその静寂を打ち破るのはラズヴァートの――、


「許さねえぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

 怒号による大音声。

 初対面の時とは打って変わっての声音。


「そうそう、泥臭くいこうよ。泥臭く」


「なめた口だなぁ! 余裕ぶってんじゃねえよ!」


「だって――余裕だも~ん」

 同様の発言を今度は間を作ってから返してやれば、


「ぶっ殺す!」


「どうよミルモン。さっきの俺以上に殺意が籠もっているぞ。目の前の相手は」


「本当だね~。心地いいよ~」


「あそこまで本気になっちゃ駄目だよな。格好悪いよな~」


「だね~」

 二人しての挑発。

 この挑発を受け流せるほどの余裕がラズヴァートには既になく、


「絶対に殺す!」

 飄々とした感じは完全に消え去り、ただ目の前に立つ俺に対して確実に命を奪うということだけに心血を注ぎ始めたご様子。


 継いで口を開き出てくる言葉は――、


「風よ集え――」


「おっ! 詠唱か?」

 

「――打ち集いて貫き穿つ力となれ。我らに抗う者に生からの開放を与えよう。悔恨振り返ることのない慈悲による一撃を!」

 詠唱を行う中で、ラズヴァートの右拳には風が集まり始め、最初は視認することは出来なかったが、徐々に拳回りの空間が歪んだように見えてきて、詠唱を終える頃には目視できるほどの濃密な風の球体へとなっていた。

 ボクシンググローブサイズにまで育ったソレを纏った右拳をこちらへと突き出しながら、


「防げると思うなよ!」

 と、発せば、圧縮された風の球体が姿を変える。

 円錐状へと変化してドリルのように回転。


「対人用大魔法だな」


「そうだ。必死確殺の威力――パイルストームだ!」


「当たれば死ぬってやつだ」


「そうだ!」


「では――当たらなければいいだけだ」


「だから――防げると思うなよ!」

 防げると思うなという二度の警告。

 てことは、防具や障壁魔法なんかで防ぐのは難しいって事だろうな。

 ボドキンみたいに貫通タイプってことだろうね。

 

 似てはいるが――、


「当たればボドキンどころの威力じゃないようだな」


「言ったろう。必死確殺だと!」


「意味が重複してるよ~」


「強調表現だよぉ! その余裕の表情を激痛の顔に変えて絶命させてやる!」

 気合い殺意ともに十分だね。

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