PHASE-355【酸味のにおい……】

「魔王の正体とかって分かってたりする?」


「見たことないから分からないわよ」


「まあ、そうだよな」

 約二千年の長い時を過ごしているシャルナだから、魔王を見た経験くらいはあるかと思ったが、やはりないよな。

 魔王なんてどうせ、魔王の城なんかにいるんだろうし。

 人類が追い込まれている状態で、敵の本丸に攻められるなんて出来ないから、魔王の正体なんて見る事も出来ないよな。

 

 しかし目的地まで遠い。こんなにも長いハンヴィーでの移動も初めてだな。

 軍用車両ということもあって、正直、乗り心地は普通の車に比べるといいとは言えない。

 ずっと乗っていると、流石に尻が痛くなってくる。

 

 少しばかり休憩したいが、薄紫に霞んだ世界で休憩ってのもな……。


「あ、あの……」

 さっきまで元気にダークサイドの事をシャルナに教えていたコクリコが、何とも弱々しい声を出す。

 ――……何となくだが、察しはつく。


「吐きそうです……」

 はたして正にだよ。

 頼むから俺の横で吐かないでくれよ。十三歳の美少女が戻すところなんて誰も見たくないから。

 戻すならマスク内にお願いしたいが、それはそれで悲惨だな……。


「もう少し堪えてくれ。前方の視界が鮮明になってきた。瘴気の合間に出られそうだ」

 ゲッコーさんのその発言に、オアシスを得たとばかりに、マスク奥の琥珀の瞳に生気が蘇る。

 

 忖度とばかりにゲッコーさんは速度を上げて、早いところ瘴気の合間に移動しようとするが、速度が上がれば車の上下運動も比例するように激しくなる。

 近代文明ではない。アスファルトなんてないし、舗装だってちゃんとされていない文明レベルの世界での走行は、とにかくよく揺れる。


「さらにつらひ……」

 生気が蘇った矢先に、虹彩がうっすらとした力ないものになってしまっている。

 呂律も回っていない状況。


「頑張れコクリコ」

 頼むから美少女の残念なところを見せないでくれ。

 ガスマスクの時点で残念ではあるが。


「そもそも、このマスクの独特な臭いも……」

 以前から使ってんだから、そこは慣れろ――――。


「ほらついたぞ」

 太陽が中天に位置する青空の中で、コクリコは降車すると直ぐにマスクをとって深呼吸を繰り返す。

 青ざめた顔に赤みがさす。

 難を免れたかな?

 ベルが気を利かせて、昨日の晩に作って水筒に入れていたレモン水を飲ませてあげていた。

 

 レモンと蜂蜜の入ったこの世界のジュース的な存在。

 蜂蜜はややお高いが、王都でも手に入るようになってきた。

 王都でいま人気のある飲み物の一つとなっている。


 さっぱりとした物を飲んでコクリコもさぞスッキ――――リ…………。

 とは行かなかったか……。

 

 よかったよ、直接、見えなくて。

 飲んだと同時に走り出し、木の後ろに移動。そこからモロロロロ――――、って残念な吐瀉音が聞こえたわけだ……。

 十三歳の美少女の吐瀉音は悲しいぜ…………。


「いや~危なかったです。あと少し遅れていたら、仮面が大変なことになっていましたよ」


「すっぱ!」

 ちょっと、俺に近づかないでくれる。

 ただでさえ美少女の残念な現実を直視ではなくても行動は目にして、耳にもしたんだぞ。

 ショックを受けている俺に、対処後の酸っぱいにおいを届けるんじゃないよ。

 なんなの? それはレモン水の酸味の匂い? はたまた胃酸からくる吐瀉の酸味の臭い?

 

 間違いなく後者だよね。鼻にツンとくる刺激ある不快な臭いだもの。

 やめてくれよ……。こっちまでもらいゲロしそうだよ……。

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