PHASE-356【山脈越え】

「とにかく、もう一杯ベルからレモン水をもらえ」

 まったく。吐いた直ぐに話しかけるんじゃないよ。エチケットを学びなさい。

 ゴクゴクと飲めば、深呼吸を繰り返すコクリコ。

 シャルナも真似して深呼吸。

 この二人がそれを可能にするくらいに、ここいらは澄んだ空気だ。

 

 瘴気が堰き止められているように、この一帯には存在しない。しかし、先ほどまで移動してきた場所に目を向ければ、薄紫の霞が蔓延している。

 振り向けば、山が壁のようになって存在する光景。


 カンクトス山脈――――。大陸を南北に渡って通っている山脈らしい。

 ちゃんと全体を見られるような衛星写真がないから本当なのかは分からないが、俺が目にする限りでは、山脈に終わりがないのは確かだ。

 

 最も高いところは四千メートル級の標高。

 まさにコクリコの胸の通称でもある、三大北壁はアイガークラスの標高。

 日本が誇る富士山よりも高いところもある。


 俺たちが利用するのは標高にして1147メートルと、山脈の中でも低いコンフォルターブル山を利用。

 商人や旅人が利用する、歴史ある山道だそうだ。

 目に見える範囲で分かるのは、麓から頂上にかけて、馬車でも登れるなだらかな坂が、つづら折りにて舗装されている。

 舗装されているといっても、叩かれて硬くなった土道。

 道幅は広く、ハンヴィーでも十分に登ることが出来る。

 

 以前、先生が、瘴気の影響はバランド地方にはまだ及んでいないと言っていたが、その理由は現場に来てから理解できた。


 この地方は年中、北東からの風が、南西に向かって吹くそうだ。

 高い標高と山からの吹き下ろしによって、瘴気が山脈を越えてバランド地方まで流れないようになっている。

 目に見えない自然の風が作り出す障壁によって、山脈の向こう側は、瘴気から守られているわけだ。


 ――――コクリコの調子も良くなり、ここからはガスマスクは不要だからと外せば、シャルナは肩が凝ったのか、頭を回しながら筋肉をほぐしている。

 ここで四十肩ならぬ、二千肩とか言ったら、ボッコボコにされるんだろうな。

 なので言わない。

 再び車内に戻り動き出す。

 山道口からつづら折りを順調に進めば――、


「ここで降りてみるか」

 コンフォルターブル山の山頂部分でも深呼吸。


「浄化されそうだぜ」

 麓の空気と違い、冷たくも清々しい空気が肺の中を洗浄してくれるようだった。

 まあ、俺は肺が汚れるような行為はしていないが。


「ゲッコーさんも肺に溜まったものを全部浄化させましょう」


「いくら空気が澄んでいても、長年に渡って俺の肺に溜まったヤニ汚れをこの程度で浄化できるとは思わないでもらおう。俺の肺――見くびってもらっては困る」


「格好良く言わないでくれます。とてつもなく格好悪いことを……」

 ヘビースモーカーめ。

 言ってる側から山頂で一服。

 空気の澄んだ場所で吸う一本は、格別だそうだ。

 吸わない人間からしたら、プラマイゼロにしかみえない。むしろマイナスか。

 吸い過ぎには気を付けましょう。


「気持ちが良いな」

 横に立つベルが深呼吸。

 自然とパツパツの軍服に封じられたお胸様が、更に大きさを増す。

 チラ見でありがたくゲット。怒られなかったのでセーフだ。


「見ろトール」

 双眼鏡片手に俺に反対側を見ろと、咥え煙草のヘビースモーカーさん。

 言われて、麓から広がる平原をビジョンを使用した目で一望に収める。


「これがこの世界の本当の光景なんでしょうね」

 紫色の霧からなる瘴気が一切無い世界が広がっていた。

 バランド地方は他の地方と違って、昔と変わらない大陸の風景を維持しているようだ。


「変わっていなくとも油断は出来ない」

 と、ベル。

 瘴気による汚染が出来ないなら、魔王軍が直接侵攻すればいいだけのこと。

 陸の孤島となっている極東に兵力を傾けることは、魔王軍にとっては簡単な事だろう。

 

 

 

 ――――などと思っていたが、肩すかしもいいところ。

 山を下れば、瘴気がなく突き抜けるような青空が、遙か彼方まで続いている。

 その下をハンヴィーで爽快に走る。

 脅威なんてまったくないとばかりにスムーズに進む。

 これでシートが硬くなければ最高なんだけども。


 バランド地方で最初に訪れたのは、マガレット街。

 王土ダリアリアスから侯爵領に入り、最初に訪れる街がマガレット。

 故に、大きく発展している。


 現在、王土方面から人が来ることはないが、交易だけが資源ではないようで、現状でも十分に生活が潤っているのが、街を歩く人々の整った服装で理解できる。

 

 ハンヴィーだと流石に目立つので、街の手前から歩きになったが、開かれた門から簡単な手続きで、自由に出入りが出来るという不用心さだ。

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