PHASE-1303【お久しぶりのヤツ】

「余裕ある移動ですね」

 と、上ばかり見ているからか、俺の横にいるコクリコから注意を受ける。

 油断しないようにといった当人が周辺警戒だけでなく、足元も警戒しないのはいかがなものかと些かご立腹だった。

 正しい言い分なので素直に謝罪。

 シャルナの移動する姿に見入るのではなく、追走するという思考に切り替え、足元も確認。

 ――下生えに苔。隆起した大地。

 獣道というものは確認できない。ひたすらに安定感のない地面を移動する事になりそうだ。


 シャルナを真似て樹上移動が圧倒的に楽そうではあるが、それが難しいと思われるのが後方の二人――タチアナとパロンズ氏。

 なのでこの二人と距離の差が生じないように、二人と歩調を合わせての地上移動。


「申し訳ありません」

 肩越しにパロンズ氏と目が合えば、開口一番に謝罪。

 自分の存在で移動速度が鈍くなっていると考えてしまったようだ。


「急げばいいというわけじゃないですから」

 疾駆すれば勢いもつくからね。シャルナと違って急げばそれだけ下生えなんかを回避して進むのも難しくなり、無駄な音を立てることにもなる。

 ゆっくりであっても着実に進んだほうがいい。


 と、伝えていれば――、


「停止」

 樹上のスカウトからの発言にピタリと動きを止める。

 森閑の中、背後からタチアナとパロンズ氏の乱れた呼吸音だけが聞こえてくる。

 その前では呼吸の乱れた二人をフォローしようとコルレオン。

 選択するのはスリングショットか双剣か。

 逡巡し――前者を選んでいた。


「なんか来てますね」

 コルレオンと違って直ぐさま左手にワンド、右手にフライパンを握るコクリコがわずかに腰を落として構える。

 数メートル前の枝ではシャルナが片膝をついて、ルミナングスさんからの贈り物である新たな弓を手にし、親方様から賜ったミスリルコーティングの矢筒から矢を摘まんで番え、膝射の姿勢となると同時に――、


「捕捉された」

 と、一言。

 ビジョンを使用し、シャルナが小気味の良い弦音を奏でて鏃を向ける先を見やれば、木々を縫うように飛行してこちらへと迫っていくる脅威は、以前にも目にしたことのある生物だった。


「アジャイルセンチピード――だったかな?」


「そうだね」

 俺の常識をくつがえす、空飛ぶ巨大な節足動物。

 風の谷の近くに生息していそうなデカいムカデ。

 それが四体。

 ――ギチギチとノコギリ状になっている左右の顎肢を可動させているのが窺える。

 威嚇を意味しているのか、それとも編隊で飛んでいるから、どうやって捕捉したこちらを狩るか。というのを相談しているのかもしれない。

 大きさからして成体。

 蜻蛉のような四枚の翅を羽ばたかせて、翼包囲を仕掛けてくるかのようにこちらへと迫ってくる。


「こんな場所にいるとは」

 言いつつパロンズ氏が細長い紐からなるスリングを取り出せば、背嚢とは別に腰の雑嚢からピンポン球くらいの鉄球を取り出す。

 スリングの中央にある幅広い部分に鉄球を置き、紐の先端に輪っかを作っている一端と他端をつまむ。

 輪っかを自分の指に通してから勢いよくスリングを回し始めれば、ギュンギュンと凶悪な風切り音。

 その前方ではコルレオンがスリングショットを引いて構える。

 ゴムの中央にある革部分で摘まんでいるのは石などではなく、鏃を思わせるようなモノ。

 矢羽根のような形状も金属で出来ていて、全体的な形状はダーツで使用されるダートに似たものだった。

 二人揃って金属製の遠距離武器。実戦用といったところか。


「二人はまだ構えているだけにしておきなさい。ここは私が!」


「前衛として動くのはいいけど、ファイヤーボールは禁止だからな」


「なんですと!? あいつ等の弱点は火なんですけどね」


「分かっているけど、木々にもらい火なんてあったら大変だからな」


「だったらライトニングスネークで!」


「それもどうかと」

 電撃だって火事の原因に――、


「まどろっこしい縛りは作らないでもらおう! これは実戦なのですからね!」

 言いつつワンドの貴石を黄色に輝かせる。


「燃えたら消火してあげるから、前衛は迎撃よろしく」

 樹上からそう発しつつ、弓から矢を発する。

 軽やかな弦音と空気を裂くような風切り音は、後方で回転させているスリングの音とは比べられないほどに静か。


 シャルナの一矢は魔法でも付与されているのかと思えるもので、弧を描いて木々や枝を避けるように飛んでいけば、迫ってくる一体のオオムカデの青色に輝く複眼へと突き刺さる。

 同時にギィィィィィ――と、顎肢を擦らせて音をならせば、飛行する動きが途端に鈍くなり、今まで木々を縫うように飛行していた体が巨木へと衝突。

 三体と足並みが揃わなくなったところで、


「動きが止まったのに二人は集中」

 コルレオンとパロンズ氏に伝えれば、それを合図として回転するスリングから他端を離すと鉄球が勢いよく放たれ、スリングショットからはダートが飛ぶ。

 これに合わせて俺とコクリコが跳躍。

 エルフの国で培った樹上移動。

 幹を蹴り、枝を蹴って迫る三体へと接近する中で、二人が撃ち放ったものが動きが鈍い一体の頭部へと命中するのを確認。

 ピンポン球サイズの鉄球が頭部の外骨格を叩き割るも、コルレオンのダートは弾かれてしまう。

 流石は防具なんかの素材にも使用される大型モンスターの外骨格だけあって、鋭利なモノが突き刺さるってのは、よほどの威力がないと無理なようだった。

 だからこそシャルナは複眼を狙った訳なんだろうし。

 

 それに、


「鉄球の一撃も浅いですね」

 頭部を叩き割る事は出来たけども致命傷ではないとコクリコ。

 俺も同様の感想。 

 それでもシャルナの一矢を受けた時よりも動きは確実に鈍くなっているので、ダメージが蓄積されているのは見て取れる。


 なので――、 


「こっちは一気に三体を仕留める」


「いいでしょう」

 鈍くなったのは後回し。

 もしくは、中衛と後衛に任せてみるのもいいかもな。シャルナによる掩護があれば対処もできるだろう。

 俺達は最も脅威となる、眼前から迫ってくる三体に集中させてもらおう。

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