PHASE-758【来る者は拒みませんよ】
「お願いでございます。私をここで働かせてください」
「という流れで間者となるわけかな?」
酷薄な伯爵の声は何とも凄みがある。
「滅相もありません。疑わしいとお思いでしたら、以前のように監視をつけてくださっても構いません」
どの様な仕事も頑張ってこなすというロイドル。
あの男の下で働くのに比べれば、どの様な仕事でも楽土だとすら言い切る。
相当にストレスが溜まってたんだな。
「むふ困った」
と、
これでロイドルが帰らなければ、馬鹿息子が使者を斬り捨てたに違いないと喧伝する可能性もあると考えていたようだが、
「ご安心を」
先生の悪そうな笑みから継がれるのは、
「それよりも早くに喧伝すればよいのです」
馬鹿息子の忠義の士に対する所行を馬鹿息子よりも早くに広める。
こういったことはこちらの方が早いからと先生。
S級さん達には北伐の前に各地へとヘリで飛んでもらい、ビラをまいてもらうという。
俺たちは北の連中と違って瘴気を無視して行動できるから、信実を大陸に知らせるのは、北の虚言よりも早い。
ロイドルには生き証人としての価値もあると王様を説く。
無辜の民を流民と変えて見捨てたこと。それを王側が拉致したという根も葉もない内容で難癖をつけてきた事。
配下をむごたらしく殺めた事も加えて世に知らしめる。
流民だった現王都住民とロイドルがここでも生き証人となる。王都に来ないと生き証人の確認は出来ないけど。
だとしても、こちらよりも遅い喧伝しか出来ない馬鹿息子の言葉を信じるというのは難しくなる。
もしもこちらの言い分を半信半疑の話として諸侯が聞いたとしても、半分でも信じてもらえばいいという。
その半分を信じることで、北側の為に動こうという強い意志は削がれる。
馬鹿息子と交流があるであろう諸侯なら、馬鹿息子の人間性を理解しているので、親交のある者ほど様子見を決め込むであろうと先生。
こちらが先に喧伝し、愚行に加え、王側には魔大陸まで足を進めて活躍した勇者とその一行も味方している。それだけでこちら寄りにもなる。
前例として、侯爵が王のために派兵したことを喧伝したことで参加した諸侯もいる。遅ればせながらも参加する諸侯も出て来るかもしれない。
後はこちらに傾倒しやすいような文体を私が書けばいいだけ。
この部分で本日一番の悪い笑みを見せる先生。
この人のことだ、大陸中の貴族豪族、素封家はすでに調べ上げているのだろう。
どういった性格で、どういった言葉を選べば悦に入る事が出来るかも熟知しているはずだ。
やはり大規模な戦いの戦略となればこの人だ。
戦で最も大事な事は、戦う前に相手より先に多くの手を打っておくこと。
後は打った手により生まれる流れに乗って動けばいいだけ。
戦が始まってから動き出す者。場当たり的に解決しようとする者。この様な者達は総じて優柔不断であり、戦を始める前から敗北者なのだそうだ。
ならばとゲッコーさんが謁見の間より退出。
招集をかけるようだ。
後で乗り物を召喚しないといけないな。
顔を隠すバラクラバのS級さん達がビラをまいたところで信用は得られないだろうから、王様に正規兵の協力も願い出ないとね。
となると、兵のために移動時のガスマスクの出しておかないとな。
「して主。どうします」
ここで俺にロイドルの処遇を振ってくる先生。
王様に振らないところがね。
流石に二心を抱いている可能性もある人物を王城には置けないよな。
「内のギルドでって事になるのかな」
「是非に! なんでもやります。会計監査の仕事もこなしておりましたので、それに近しいものでも」
「駄目駄目。袖の下を一度でも手にした事のある人間に金勘定はさせないよ」
「はい……」
当然のことですよね。と、理解。
とはいえ使者としての評価はともかく、行動力は見事なんだよな。
ミュラーさんに監視されていたとはいえ、王都とブルホーン山の要塞を馬車で往復した速さは感心したもんだ。
こういった行動力を活かせるような役職を与えてあげれば、いい仕事が出来るかもしれない。
といってもギルドとして現状そういったのは馬車ではなく早馬で行うからな。
でも早馬も冒険者であるギルドメンバーがやってくれている。
各地のギルドとの連絡係をやらせ続けるのも冒険者として違うような気がするしな。
北との状況が落ち着いた後、冒険者に代わってロイドルには東奔西走してもらうってことでいいかな。
それまでは――、
「当面は監視つきだけどいいかな?」
「もちろん」
「後、今までやってこなかった雑用だってしてもらうよ。掃除に洗濯だって立派な仕事だからね」
「皿洗いでもなんでもやらせていただきます!」
食べ物屋の職人に弟子入りを願い出るような台詞だな。
「期待させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
「ただ――」
ここでわざとらしく声のトーンを落として、
「俺たちを裏切るのは馬鹿息子を裏切るどころのレベルでは済まないからね」
「ぞ……存じております」
うん。光学迷彩で姿を消して同行していたミュラーさんの事がよほど怖かったと見える。
怖がっている内はおかしな事はしないだろう。
ロイドルにはその才能を活かす前に、信用を勝ち得るための雑用を頑張ってもらうことにした。
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