PHASE-891【向ける相手が違う】
「公爵様どうされますか」
「……」
「公爵……様?」
「――ん? ああ! 俺か!」
俺が公爵だったな。
勝者の隊列に対し、このような抵抗を見せているのは無礼極まりない。
命令を発してくだされば、大通りにて住人が道に入ってこないように監視している兵達を動かし、喪服の集団を不敬罪で拘束するとマンザート。
「拘束とかしなくていいんじゃない」
マンザートの怒りを落ち着かせるため、明るい口調で返す俺。
「え!? ですが」
「王様たちがそれをしない以上。俺たちがする事じゃないよ。この喪服の抗議を正面から真摯に受けているんだろうさ。もちろん俺たちも受けないとな」
戦争をすれば帰らぬ人たちが出てくるのは必定。
その人達には家族がいる。残された家族の恨みは戦勝側と無謀な戦いを起こした者たちへと向けられるもんだ。
特に俺は糧秣廠にてS級さん達に射撃指示を出している。
あの喪服の集団の中には関係者がいるとも考えられる。
そう考えると覚悟はしてたけど、ズンッと心に重たいものが乗っかってくるね。
俺同様に王様も同じ気持ちだろうな。
でもこの喪服の抗議を許している。
「こうやって表現することを許していることは王様の美徳だな。俺も見習わないと」
「そうなのでしょうか」
「表現の自由を奪っては駄目だとトールは言いたいんだよ」
ここでゲッコーさんが参加。
もしここで俺や王様が喪服の者たちを捕らえろなんて命令したならば、俺の後ろにいる面子が間違いなく俺どころか王様に対しても折檻をするのは目に見えている。
尊厳を踏みにじる事を絶対に許さない方々だから。
ベルは間違いなく王様相手でも蹴りを入れるだろうな。
などと考えていれば、
「返せ!」
前方から甲高い声が上がる。
声からして子供だろう。
「「「「おお!?」」」」
と、子供の声に続いて動揺の声が上がった。
何事かと馬を前へと走らせれば、子供を抱きしめている母親が王様に許しを請う光景。
先の戦いで父親が帰らぬ人となったという……。
親子は兵士たちに囲まれているけども穂先は向けられていない。
王様が向けてはならないと命令を出していた。
そんな王様を見れば、こめかみ部分からちょっと血が出ていて、側にいる魔導師が直ぐさま回復魔法で治療していた。
王様や馬車から顔を覗かせる爺様は冷静だし、血の気の多いバリタン伯爵も冷静。
でも違うのは兵士たち。
といっても王兵ではない。怒り心頭なのは沿道警備を行っていた公爵兵たち。つまりは俺の兵って事になるの――か?
敗北側が戦勝側に対して無礼などあってはならない。
例え子供がやった事でも許されない。この行いによってこの領地の人間たちの運命が大きく変わる事になると、親子に対して口角泡を飛ばすといった姿の兵士。
王様はそれを諫めているけども、規律は大事ですと返答する沿道警備の兵士たち。
興奮した物言いでは規律の大事さは伝わってこないよ。
今のところ穂先も切っ先も向けることはしてないけど、興奮した状態なので最悪の展開にもなりえる。
「カリオネル殿が原因で秩序が崩れていたからこそ、余計に規律を重んじているのでしょうな」
と、先生。
規律に縛られて暴走する。
どこぞの国の憲兵みたいじゃないか。
勝手にルールを作ってそれを実行されるのも困るからな。
ここは――、
「規律を大事としてくれるのはいいけど、穂先は領民に向けず、今後ぶつかることになる魔王軍に向けてほしい」
「貴男は一体?」
「少々お節介な越後のちりめん問屋の奉公人ですよ」
ご隠居って年じゃないからな。
「は?」
当然のことながら俺の世界のネタなんて分かるわけがないし、元の世界でも俺と同年代だと理解するのが難しいネタだな。
緊張した空気を少しでも和らげたかったから言ってみたけど、皆の頭に疑問符が浮かんでいるのを幻視する。
「こんな状況で馬鹿をやるな!」
「ゲペリ!?」
ここでベルから拳骨をいただく。
情けない声のままダイフクより落馬……。
俺の無様な落馬とベルの登場に場の空気が一気に変わる。
流石は美姫である。
威光ではなく、白髪の雪肌美人の登場に兵も領民も見入り、一斉に大人しくなった。
俺の無様な落馬も、少しは場を和ませたと信じたい……。
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