PHASE-890【喪服の集団】

 フフフ――。

 エルフは美男美女ばかり。これは女性陣に会うのが楽しみだな。

 よし! 絶対にお邪魔しよう。


「なんか変な顔になってますね」


「そんな事はないぞコクリコ。それよりも公都へと行こうじゃないか」

 楽しみを抱きつつ、俺たちは――主に俺は意気揚々とブルホーン山の山越えを始める。

 



 ――――現在、俺たちの下山は終盤に差し掛かっていた。

 目の前には麓が見えてくる。

 といっても見知った風景ではない。

 ミルド地方の初めて目にする風景は、北国ということもあって銀世界。

 ブルホーン山の時からそうだったけども、平野部もしっかりと雪景色である。

 王土であるウルガル平野はまだ雪景色ではない。ブルホーン山を境にして別世界が広がっていた。

 

 ブルホーン山を下山して最初に足を踏み入れる平野の名前はノクタスク平野。

 見渡す限りの真っ平らな大地。コクリコの胸と良い勝負だ。

 田畑を耕して、春に種まきをすれば秋には多くの農産物の収穫が見込めるだろう。

 ブルホーン山から流れる川も王土だけでなくこちら側にも流れている。冬以外は農業に適している土地だと思われる。


「もうしばらくすればククナルの町に到着しますので、そこで休息をとっていただきます」


「ありがとう」

 俺に伝えてくれるのは征北騎士団団長のヨハンではなく、マンザート。マンザート・アルカスだ。

 糧秣廠にて兵士長として最後まで屈しなかった気骨ある人物も、俺が新たなる公爵になったとなれば、公爵領の兵として俺にしっかりと仕えてくれる。

 信頼できる人材であるならば、少し前まで敵であったとしても近くにおいても問題ない。

 むしろ侍らせることで度量のある人物だと周囲に思われます。と、先生の言を素直に聞き入れてマンザートには俺の側で案内役をしてもらっている。


「トールよ」

 と、俺が使用するはずだった公爵専用の馬車から前公爵が顔を出す。

 年も年なので俺の代わりに馬車を使用してほしいと勧めると、喜んで乗ったのが印象的だった。

 孫となった俺に勧められたことが嬉しかったご様子。

 

「何でしょう前公爵――じゃなかった――」

 なんて言えばいいんだ? 爺ちゃんでいいのか?


「じぃじと呼んでもよいのだぞ」

 嫌です……。


「お爺様」

 養子になったけども、流石にじぃじとは言えない。高校生がじぃじなんて言ったら恥ずかしいよ。幼児じゃないんだから。

 お爺様で返せばなぜか寂しそうなる。どうやらじぃじと呼んでほしかったようだ。

 孫が出来て喜んでいる好々爺となった前公爵……。


「我々は陛下と共に公都へと一足先に戻る。先の戦いでの敗北と、我が孫トールの紹介も諸侯にしないといけないからな。そのための準備をせねばならん。お前はあの町でゆっくりと休んでから公都へ来なさい」


「分かりました」

 元気な爺様だ。

 ちょっと前まで薬物で昏睡状態だったし、現在も杖を使用しないと歩行も大変そうだけど、血色はすこぶる良い。

 近いうち杖も使わずに歩けるようになるかもな。


「護衛は本当にいいのか?」


「問題なく」

 俺達に人数を割くよりも王様が王軍と公爵軍を率いて公都に赴くのがいいだろうからね。

 公爵軍を引き連れた王様が公都へと入れば、それを見る者達は王様を勝利者と認識するだろう。

 これも先生の知恵だ。

 ま、俺は少数でゆっくりとさせてもらいますよ。

 大仰なのは嫌だしな。


 全体で行動するのはククナルの町までということになる。

 案内役のマンザート以外、征北騎士団も含めた公爵軍全てを王様に随伴するように命じた。

 俺が命じるってのも変な気分だけど、この変な気分にも慣れていかないとな。

 俺に随伴するのは、パーティーメンバーと王都に戻らなかったギルドメンバーのカイルやマイヤにギムロンたち。それにラルゴたち元奴隷の面々とメイドさん達だ。

 大仰に行動するつもりはないけども、それでも十分に目立つね。


「もうすぐ到着です」

 ノクタスク平野を北東に進むこと約二時間。

 マンザートの指さす方角に町が見えてくる。


「あれがククナルか。デカいな」

 侯爵統治のバランド地方で最初に訪れたマガレット街も大きな交易街だったけど、そこに負けないくらいに大きな町だ。

 

 開かれた門から先頭が入っていく。

 ――――?

 王様たちが訪れるというのになんとも静かだ。歓声なんかが上がってもいいだろうに。

 などと思いつつ俺達も門を潜れば、


「……う……」

 ダイフクの手綱を引いて足を止めさせてしまう。


「何という不遜! なぜ王兵や先頭で前公爵様をお守りする征北の方々は動かれないのか!」

 俺の横ではマンザートがこめかみに血管を浮かばせて怒っている。

 怒りの理由は町の住人たちにあった。


 全身を黒服で包み、女性たちは黒色のトークハットに顔を隠すようなベール。

 喪服の集団。

 まるで葬儀だな。

 そうか……。葬儀か……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る