PHASE-564【廃城】

「ところでトール」


「何だねコクリコ君」


「もう一回、あすた何とかって言ってみてください」

 ――……アーレア・ヤクタ・エストの時と同様だな。

 琥珀の瞳をキラキラさせて。

 よほど琴線に触れたのか、手にしたメモ帳にいつでも記入出来るとばかりに準備万端。

 いつか決め台詞として使用しようと考えているようだ。


「それは後にしよう。全員ここから離れるぞ。迅速にな」

 ゲッコーさんの神妙な面持ちに何かあると理解し、直ぐさまゲッコーさんの駆け出す方へと皆して走る。

 コクリコだけは残念そうな顔だった。

 遅れるように、ドドドド――――と、大地が震え出せば、


「雪崩だ」


「ああ、表層雪崩だ」

 白煙のように濛々とパウダースノーを舞上げながら、斜面を大量の新雪が滑り落ちていく。

 モロトフからの連鎖爆発による振動が雪崩の原因となったようだ。


「おお……」

 雪の大波にドラゴンゾンビが呑まれていく。

 抗うように頭を雪崩から出しているけど、いくら巨体の存在であろうとも、自然の前では矮小な存在だとばかりに、抵抗もできずに崖の方へと流されていった。


「――――我らの勝利と言うことでいいですよね」


「いいんじゃないか。メモに記入でもしておけ。雪山で巨大なドラゴンゾンビに勝利って――――」

 俺が言う前に、既に手にしている羽根ペンがサラサラと羊皮紙の上を快調に動き、年の割に流麗な筆致にて記入していた。

 なぜか雪崩はコクリコの魔法によるものだとメモには記されていた。

 図太い神経である。


 捏造を書き終えたところで俺を見てくれば、


「早く、あすた何とかをもう一度!」

 コイツは直ぐに染まろうとするな……。

 中二病者だからしかたないか。

 俺も染まりやすいけど。


「俺も今度、言ってみるか」

 と、俺ら以上にこじらせている可能性のあるゲッコーさんまで言い出す始末。

 ロケランとか使用する時にでも言いそうだな。

 

 コクリコの「新たなる我が力――」とか呟いていたのが気になった。

 何のことなのだろうか。新しく魔法を習得しているのか、それともただたんにこじらせた発言なのか。

 限りなく後者だと思うけど、メモして念仏を唱えるようにアスタ・ラ・ビスタ、ベイビーを口にしてたから聞くのはやめた。

 

 ――――ドラゴンゾンビを撃退した俺たちは再び歩き出す。

 月明かりの下、表層雪崩から難を逃れた冬木の中に足を踏み入れる。

 ドラゴンゾンビが踏みしだいた新雪の部分を辿るように俺たちは先へと進む。


 しかし、雪山でアンデッドってね~。 

 野にいるアンデッドと偶然に会敵したってのじゃないよな。

 こんな寒冷地にわざわざアンデッドがいるのもおかしな話だし。

 明らかに何者かが解き放っているとしか思えない。

 その何者かは十中八九、俺たちが会いに行くアルトラリッチってやつなんだろうけど。


「番犬みたいなものだったんですかね」


「どうだろうな。まあ、本人に聞けばいいんじゃないか」

 白息を吐くゲッコーさんと言葉を交わし、一緒に眺める光景。

 こんな雪が積もる山に、城なんて造らなくてもいいじゃない。

 ってのが、目にした最初の感想。

 尖塔にもしっかりと積もる雪。

 山城はしっかりとした石材からなる巨城だった。

 城壁は高さにして十メートルを優に超える。

 雪山を登り切ってここを攻めるとなった時、この高い城壁を見せられたらやる気が削がれるね。

 城壁から崖の方へと張り出している小塔タレットから目を光らせれば、麓の光景が手に取るように分かるだろう。

 堅牢さと監視が万全の城だ。

 にしてもデカい。まったくもってここまで大きくする理由がない。

 金持ちの金の使い方が分からん。


「統治者として巨城を築き、見下ろすことで周囲の権力者達に野心を抱かせないといったところか」

 というのがベルの評価。

 見栄えも大事ってのは分かるけど、金かけすぎ。

 でもって今では廃城で、しかもアンデッドの住処なんだからな。

 迷惑この上ないぜ……。


「とりあえず中に入ってみるか。門も開きっぱなしでウエルカムみたいだし」

 門の奥には木製の落とし格子ポートカリスもあるけども、寒冷地の風雨が原因なのか、八割方は腐れてなくなっていた。

 落とし格子としての役割は今では過去のもの。侵入者を防ぐことも出来ず、容易く迎えいれてくれる。

 効果があるとするなら、朽ちた落とし格子ポートカリスも含めた光景が不気味な視覚的効果を生み出し、侵入者に二の足を踏ませるって事かな。

 そもそもがこんな所に来るヤツっているのかな? 相当にもの好きなトレジャーハンターか、俺たちくらいだろう。


「まったく、薄ら寒いぜ」

 火龍装備であるにもかかわらず、ブルリと体を震わせて両腕をさする俺。

 寒さから来るものではない。如何にも出てきそうな雰囲気が原因での震えだ。

 

 門と落とし格子ポートカリスだったものを潜り、月光射す夜の下、俺たちは歓迎をされる事もなく入城。

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