PHASE-187【称号を我が手に!】

「まずは体をちゃんと洗ってから湯船だよ」


「無論だとも」

 ゴロ太に従うベルの声。

 なんて素直なんだベル。完全にイニシアチブはゴロ太が持っているようだな。羨ましい!

 

 にしても、体を洗うか――。

 男湯の湯船に目を向ける。

 お湯は――、乳白色だ。底は見えない


 つまりは湯船に入ってしまわれると、見えなくなってしまうということ。


 それでは覗き魔ラインブレイカーの称号は得られないも同じ!


 ゲッコーさんの言うように、ここが攻め時か。


 遠坂 亨、十六歳。男として実行に移さねばならない。

 

 大丈夫、子グマに夢中なんだ。それに俺だって、この世界で死線をくぐり抜けて来たという自負もある。

 胆力もついてきてるってもんだ。

 いける! 今の俺ならやれるに決まっている!


「男の目になったな」


「でしょ!」

 腰に手ぬぐいを巻いた男二人が口角を上げて見つめ合う様は、第三者がここから目にすれば、完全に勘違いされること間違いなしだ。


 ――だが、この結束力を断ち切れる者はいないだろう。


「「俺たちは、ナンバーワン!!」」

 がっちりと腕相撲形態の握手を交わし、状況開始である。


 ハンドサインによるやり取り。


 ゲッコーさんは上を指し、俺には仕切りを指差す。

 俺はゲッコーさんとは違う。登れと言われても、掴む箇所の無い竹の仕切りを登ることなど不可能。

 

 よって、俺が実行するのは仕切りの隙間を見つけることだ。

 常套手段だが、常套故に新米でもこなせるってやつだ。


 


 ――…………ううむ……。


「dammit!!」

 仕切りには1ミリの隙間も存在しない。

 妥協を許さない作りである。

 物作り大国日本のような力を発揮しやがって! 和テイストだからって、ここまで必死こいてやらなくていいんだよ!

 

 少しくらい隙間があるのが、愛嬌と遊び心ってもんだろうが!

 このままでは俺は岩風呂を堪能するだけになってしまう。

 

 ゲッコーさんはどうか?


 ――……あれ!? いない!

 どうしてだ! あのおっさん、敵前逃亡でもしたというのか!

 なぜか段ボールだけが残っている。


 最悪だ! 俺たちはナンバーワンってシンクロさせたのは虚言だったのか!

 ちきしょょょょょょょょょょょょょょょょょょ!!!!

 現在、ゲッコーさんに対する俺の思いは、幻滅の二文字だ!


 同士を失った喪失感は大きい……。


「ま、前はいいぞ」

 ――……喪失感は大きいと思っていた時も、数秒前まではあった。

 が、別の大きいものを持っていらっしゃる中佐の声に、俺の耳はピクピクと動く。


「ごしごし~」


「く、くすぐったいぞ」

 嫌がっているのかと思っていたが、喜んでいるじゃないか!

 くそ、生殺しだ。


 あの子グマ! 声だけなら完全に犯罪なのに!

 前か!? 前を洗っているのか! どうなっているんだ!


「ええい!」

 しんぼうたまらん! 意地でも隙間を探してやる!


 ――……やはりない! 仕切りの向こう側ではキャキャ言っているのに! 

 このままでは体洗いタイムが! 覗きにおける黄金の時間が過ぎ去ってしまう。

 

 入浴になれば見えないし、更には温泉からあがってしまう。

 しかも、ここは平地に比べて高い位置にある村。正直、寒い! ばっちりと湯冷めしている。

 

 仕方ない――。多少強引になるが。


「フー、フー」

 俺はスペシャリスト。

 全てのインポッシブルなミッションを華麗にそつなくスマートに解決できるスペシャリストだ。

 

 ラマーズ法ではないが、一定の呼吸で己を落ち着かせ、竹の仕切りに爪を入れる。

 隙間が無いなら作ればいいだけのこと。


「――よっし!」

 気合いの入った小声。

 爪より進み、指の侵入に成功。

 

 ギギッと軋む音が俺に緊張を走らせる。

 だが、仕切りの向こう側であるアルカディアでは、乙女たちの楽しげな声。


 OKだ。こちらには気付いてはいない。

 開く指の力が弱まれば、竹の弾性に負けそうになり、指が挟まれて涙が浮かび上がってくる……。

 それでも!


「んぐぎぎ!」

 根性見せる俺。剣道に本気で力を入れてた時以上に、今の俺はど根性だ。


 仕切りと仕切りの間に生まれる空間。

 俺が人生最大の勝負をかけた、正に乾坤一擲の思いで作りだした、聖域へと続く空間。


 まなこ! 後はこの空間にまなこを!

 それにより、俺は覗き魔ラインブレイカーの称号を得ることが!


「気合いを入れろ俺のまなこ! エロで目覚めよ我が固有スキル! 浄天眼グローバルホーク!」

 中二全開で燃え上がる俺。


 ――……が、それを冷ますかのような、


「はあぁぁ……」

 ため息が聖域であるアルカディアより返ってきた…………。

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