PHASE-188【悪手を妙手に変えてこそ、勝者となり得る】
「あ、どうも」
あれれ、おかしいな~。
聖域からエメラルドグリーンの瞳の美人が、その瞳をつり上げて睨んでいるよ。
惜しむらくは、瞳しか見えないってこと。小さな空間では、至近されれば目元より下は見えない。
「馬鹿みたいに声を発して、仕切りの隙間をこじ開けるとは……。誰でも気付くぞあんな大声」
あ~。必死になってこじ開けてたから、小声が知らず知らずに大声に変わってたってパターンね。
「で、弁解は?」
「ハハハ!」
「何がおかしいのだ!」
「事ここに至っては、言い逃れは出来ないさ! 言いたいことはただ一言! 美しき柔肌を見たかった!」
遠坂 亨。魂の叫び。
「残念な方向で潔い。よし――――、仕切りに顔を近づけてくれ」
見せてくれるのかい!? なんて、愚かな考えを持つほど、俺は歪んだ童貞をこじらせているわけではない。
現実とは正面から向かい合う童貞だ。
受け入れるだけさ。運命!
やおら瞳を閉じて、準備万端――――。
「素直でいい事だ。それだけ素直なら、最初からこの様な愚行はするべきではなかったな」
「否! 断じて否! 素直だからこそ、己の性欲に素直に生きたのよ! こうきゃいっ!?」
後悔などするなど微塵も思わん! って、格好良く決めたかったのに、仕切りから伝わってきた衝撃が顔面を襲ってきた。
殴られたわけではない。だって仕切りがあるもの。
仕切りを通り抜けて、衝撃だけが俺を襲ったような感覚。
衝撃貫通攻撃のようなスキルを有しているのかな?
ベルの放った衝撃に耐えることなど無論できず、凹凸からなる岩の床を転げ回り、岩風呂の縁に――――、
「げぺるにっち!」
苦痛の声を上げながら、背中を思いっ切り叩き付ける。
「阿呆が」
「さいて~」
「そこまでして私達の裸を見たいだなんて!」
仕切り向こうの聖域の住人たち。
ベル、シャルナ、コクリコの順番にて、俺に罵声を浴びせてくる。
だがな、コクリコ――――、
「一番最後! 私達とか自分も含めてんじゃねえぞ! 俺は素晴らしい発育をとげた体だけが目的なんだよ。なめんな!」
――――荒げた語気で述べれば、聖域には森閑が訪れた。
湯の流れる音だけがよく聞こえる。
興奮状態が徐々にクールダウンしてくると、仕切り越しのベルの一撃が、今になってジンジンと痛み始め、ボロボロと涙が流れ出す。
「ちょ!? ちょっと! 落ち着くのだ」
焦った声はベルだ。
「こんな侮辱、生まれて十三年の中でも上位に入りますよ。というより、これまでの侮辱発言の上位は、あの男の発言が占めているわけですが」
「そのワンドで何をするつもりだ。というか、どうして風呂場にまで持ってきている!? やめろ! ゴロ太が怖がっている!」
「あの……、ベルは私の前に立たないでくれますか。その胸を見ていると、こちらの心が砕けてしまいそうです……」
ロケットおっぱいを前にして、まな板が怒りと、ベルへの嫉妬を俺にぶつけようとしているようだな。
「ファイヤーボールをくらわせてやります!」
発言を耳にした俺は、涙目をくわっと見開く。
空を見れば、俺を祝福するかのように、叢雲にうっすらと隠れていた月が、しっかりと満月の姿を見せてくれる。
風呂場の灯りだけでは心許なかったところにこの月明かり。
You見ちゃいなよ! と、月読命、アルテミス、クンネチュクカムイなどの月神たちが、俺にチャンスをくださったと結論づけたい。
「こいやゴラァァァァァァァァァァァァア! くらわせてみんかい!」
「言いましたね!」
「こちとら初っぱなから大魔法の使い手だぞ。そんな俺に対してくらわせるのがファイヤーボールとか」
語末にwwwを付け足すイメージで言ってやれば、
「この男、またも私の気にしていることを言いました!」
「ああ言ったさ! 断崖絶壁のノービス!」
「ムキ―! 私だって少しは隆起してますよ!」
「う~そ~だ~ね~! 二時間サスペンスの最後のシーンみたいなもんしか持ってないだろうが! FUNAKOSHIかKATAHIRAが事件解決してくれそうな胸だよ!」
「訳の分からない例えを! ニジカンサスペンス? フナコシ、カタヒラ? なんだか知りませんが、馬鹿にしているのは分かりますよ!」
「そうだよ、馬鹿にしてますよ。さっき言った断崖絶壁の類語みたいなもんだ」
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!! 絶対に許しませんよ! この男!!!!」
よし、この勝負。
――――俺の勝ちよ。
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