PHASE-29【功は管仲に劣らず、仁は管仲に勝る】

「は~」

 深呼吸しつつ背中を伸ばせば、パキコキと小気味のいい音。

 空を見上げれば雲一つない快晴。鮮やかな青だな。詰んでる世界の空とは思えない朝の空。俺のいた世界よりも自然の色は豊かである。


「やることがあるなら、さっさとやれ」

 ベルはツンケンしている。未だに俺の事を許せないようだ。

 覚悟ってのがそう簡単に身についたら苦労はしないよ。

 まあいい、今はこっちが重要だ。

 城壁の近くでプレイギアを前面に出す。もう慣れたもんだ。


「お願いします。荀彧先生」

 名を口にすれば光り輝く。この光にも慣れたもんだ。視線を外すことなく、光の中の人影をはっきりと目にすることが出来る。


「――――ふむ、ここは? 見たことのない造りの城壁だね~」

 自身が住む世界とは若干違う造りなのか、気になっているようで壁面を擦っている。


「どうも、荀彧先生」


「先生? 私をそう呼ぶ者もおりますが、私は君を知らない。なので、差し支えなければお名前を」

 おお、この余裕ある佇まいと所作に応対。流石は名のある人物たちと渡り合うだけの胆力を持った傑物。


「俺は、遠坂 亨っていいます。またの名を――――亨遠きょうえんといいます」


「享遠? これはまた不可思議な」


「貴男の主と同じ名だからでしょうか」

 俺の発言に目を丸くする先生。

 この力はやはり、俺のストレージデータが反映されている。

 ゲッコーさんの装備が、俺が選択していた代物ばかりだったしな。


「先生。俺が貴男の主である享遠の真の姿です」


「ふむふむ」

 荀彧先生に信じてもらえるのように、ゲーム内で俺のキャラと出会った場所と、やり取りした手紙に、親密さを大きく上げるために大枚をはたいて、商人から漢書を購入して渡した。それに先生は喜んでいた。などの経緯を話していく。


「紛う方なき我が主ではないですか!」

 と、笑みを湛えてくれた。

 プレイした三国志-群雄割拠-。

 始めは慣らしとして、オリジナルキャラである俺の分身、享遠を制作し、曹操の元で臣下として頑張るプレイだった。

 曹操陣営で始めるのは、難易度Easyなくらいに天下を統一出来るのが理由だった。

 俺の中での曹操陣営スタートは、チュートリアルである。

 で、二周目は自分を君主としてスタート。

 すると直ぐさま、たまたま在野として流れてきたのが荀彧先生。

 何とか家臣にしたくて躍起になったんだよな。

 結果、俺なんかの家臣になってくれて、それで満足してやらなくなってしまったのを覚えている。

 ゲーム内でもトップに入る人材が俺の家臣になってくれた事に喜び、そこから名前の後に先生と付けるようになったんだよな。


「「主?」」

 と、そこに引っかかったのか、ベルとゲッコーさんがシンクロする。

 追々、教えて上げようじゃないか。

 ゲーム内の話なんてしても、この方々には分からないだろうから、適当に伝えよう――――。


「しかしまあ、三国時代の中でも傑物であった荀彧殿は、随分と優男だったんだな」

 ゲッコーさんの言は正しい。

 最近のこういうゲームって、女性層も取り込みたいからね。

 必然的にこういうルックスになるんだよね。

 でも、俺は知っている。

 荀彧先生が家臣になった喜びから、ネットなんかで先生の情報を調べたことがある。

 先生は三国志の中でも、美形で有名な呉の周瑜と並ぶくらいにイケメンだったとか。

 先生を見た人が、あまりにも美しかったから、地上の人ではなく仙界の住人と間違えたそうだ。

 涼しげな風貌に高身長、尚書令という役職、きっと収入も多かっただろう。

 バブル期に言われていた、高身長、高学歴、高収入である三高ってのを地で行く人だ。

 ゲッコーさんとならんでも見劣りしない身長。180は超えてらっしゃる。胴より足が長い……。俺と照らし合わせたら、虚しくなってくるね……。

 また、当時はファッションのカリスマでもあったようだ。

 間違って帽子をヘコませて被っていたら、皆がそれを真似したって逸話も掲載されていたし、体からはとてもよい香りがしたらしいので、お香好きだったとか。

 実際に目の前にいる先生は、そういう設定が活かされているのか、甘い石けんのような香りがしておられる。

 お香というより、香水のような香りだな。

 三国時代にあったのかは分からないが、先生が被るのは、ヘコませた帽子エピソードからか、焙烙頭巾を被り、サルエルパンツみたいなダボダボのボトムに、それに似合うような、ゆったりとした半着。

 頭から足まで、青を基調としたファッションに、栗毛の髪と瞳。襟足で整えられた、下品さがないウルフヘア。

 優しさ溢れる笑みを常に湛えている。

 こりゃ女にモテるね。


「主、お二人は?」


「俺の仲間です」


「皆さん、統一されてない風体からして、違う世界、もしくは時代の方々のようで」

 流石は先生。飲み込みも理解も早い。

 自分が違う世界の住人だから、俺たちも違う世界からの異邦人という答えを導いたようだ。

 ゲッコーさんもだったが、対応力のある方々とは話がスムーズになるので助かる。

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