PHASE-287【個性有る修練場】

「本日も盛況じゃないか」

 王都自体に活気があるが、ここは王都の中でも一番に滾っている。

 修練場、本日は満員御礼だ。


 理由はベルが今日ここを訪れているからだろう。まったくもって野郎共は仕方のないことだ。

 

 お前達の美人を目にしたいとか、美人に教わりたいという考えが、ゲッコーさんを落ち込ませたんだからな。

 

 ギルドメンバーだけでなく、野良の冒険者に王都の兵達も、青空修練場の下で立木に向かって猿叫を響かせて、木剣や木刀を打ち込んでいる。

 俺のなんちゃって示現流が王都に根付いたな……。

 これをもしガチ流派の人が見たら、激怒するだろうな。

 まあ、この世界に転生したの俺だけだから、好き勝手には出来るけども。


 しかし、なんちゃってだけど、戦いに怯えていた兵達が猿叫と共に敵に突っ込んで行く姿は頼りになったし、魔王軍は戦いていたから、なんちゃってでも十分に役立っている。

 

 キェェェェ――――! チェェェェェ――――! って声を俺は体に浴びながら全体を見渡せば、遠くの建物の前ではハンドサインを行い、片手にはコンパクトなクロスボウ風な木製品に、ショートソードやナイフに見立てた木製品を持った数人が、全身黒ずくめで、目出し帽を被って建物内に突入している……。

 あれは絶対ゲッコーさんに指導を受けている人達だな……。


 完全に現代戦闘の戦術突入だ。人質の救出部隊とかを育成しているのかな?


 他にも洞窟を模した場では、洞窟の広さに合わせて小回りのきく利器に見立てた木製品を手にして、敵味方に分かれて洞窟内での戦闘訓練に汗を流しているメンバーもいる。


 風変わりな修練環境に、野良の冒険者も興味があるようで、見学者も結構いる。

 擬似的な訓練はやはり物珍しく、新鮮なもののようだ。


 ギルドハウス裏の修練場は更に広がりを見せているし、これからも新しい訓練の場が出来ていくんだろう。

 トンテンカンテンと、工事の音が鳴り止むことはないからな。




「あそこか――――」

 多くの野郎達で黒山の人だかり――――、日本と違って黒髪が多くを占めているわけではないから、色彩豊かな人だかりとでも例えるべきか。

 とにかく多い。あそこにベルがいるってのが直ぐに分かる。


「もう一度だ」

 はたして正にだ。しっかりとベルの声が聞こえた。


「ウッス!」

 快活良く応える声はカイルだな。

 未だ人が多くて見えないが、あの声はカイルに違いない。


「ちょっとゴメンよ」

 と、俺が発せば、声を受ける野郎共が軽く会釈をして道を譲ってくれる。

 視界が開けたところでは、カイルが手に持つ木剣を横薙ぎで振っているところだった。


 普段使用している段平のような大剣を模した木剣。

 十分に殺傷能力が高いものだぞ……。あんなもんを訓練で使用するのはどうかとおもうね。


 この世界では刃の入ってない刀剣なんかも訓練では使う。もちろんそれらも当たれば無事ではすまない。

 生き残る為の訓練は、命がけでやるからこそ身につくのだろうか?

 でも大怪我をしてしまうと、有事に備えられないデメリットも発生する。

 この辺は改善の余地ありだな。竹刀みたいなのを使うようにアイデアを出してみようかな。


 場数を踏んでる連中からしたら、軽すぎて感覚が鈍る! って、苦情が上がりそうだが。

 ちなみに俺が思案している最中に、カイルの横薙ぎは当然の如く虚しく空を切り。

 ブォンと強烈な音とは正反対に、振り終えたカイルの力を利用するように、ベルがトンッとカイルの体に触れれば、それだけで偉丈夫が軽々と宙を舞う。


 首にぶら下げた青色級ゴルムの認識票に偽りがあるのだろうか? と、ばかりに太刀打ち出来ない。

 

 周囲は感嘆の声を上げても、カイルに侮辱の発言はしない。

 皆、カイルの実力が本物だって事は分かっているからだ。

 逆立ちしたって勝てない存在と戦っているというのは、皆が分かりきっている。


「ふんっ!」

 舞う体を捻り、バランスをとって着地するカイルの意地。


「諦めない精神は素晴らしい」

 と、笑んでベルが褒める。

 途端に周囲から「いいな~」って声が聞こえてきた。

 男なんてこんなもんだよな。


「もういっちょ!」


「いい気迫だ」

 カイルは姿勢を整え、直ぐにベルへと突進。

 一直線の突撃に、相変わらず学習能力が無いとは言いつつも、頑張る存在には優しいので、笑みを湛えたまま、横へと躱して木剣で胴打ち。

 ――……胴打ちには優しさは皆無だった……。


「ぐぅぅ……」

 この一撃でカイルは完全にダウンだ。

 苦悶の表情でまだまだやれるとは発しつつも、いいところに入ったようで、恵まれた体躯であるのに起き上がることが出来ず、男数人に体を引きずられて退場していった。

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